寄瀬村(読み)よせむら

日本歴史地名大系 「寄瀬村」の解説

寄瀬村
よせむら

[現在地名]大原町大原

大井谷(おおいやつ)村の西に位置し、村内を南北に伊南房州通(いなんぼうしゆうどおり)往還が通る。中魚落(なかいおち)郷を構成する一村で、元禄郷帳などには村名がみえない。元禄一五年(一七〇二)の中魚落郷寄瀬村指出帳(森家文書)では村高七六一石余、田二七町余・畑三二町三反余、稲作は早稲が七割で、品種は甚右衛門・さかみ・大坂、晩稲の品種ははくばり・こぶれ・おくもちなど。年貢米は四分の一が現物納で、残りは市相場での金納。大豆・小豆は領主が買上げており、年貢米の津出しは小浜(こばま)浦を利用。村内の大原は大原町ともいい、交通の要衝でもあったので、江戸前期頃には日用品売買の交易市として三・八の日の六斎市が立つようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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