富仁家村(読み)とにかむら

日本歴史地名大系 「富仁家村」の解説

富仁家村
とにかむら

[現在地名]沙流(さる)郡門別町字富浜(とみはま)・富川東(とみかわひがし)一―六丁目

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治四二年(一九〇九)までの村。沙流郡の南西部、沙流川の東岸に位置し、北西から北は佐瑠太(さるふと)村に、南東は門別村に接し、南西は太平洋に面する(「状況報文」など)。近世の史料にトンニカとみえる地や同じくシノタイ(海岸部)、ヲコタヌサル(佐瑠太村にかかる北部)とみえる地からなっていたとみられる。「日高国地誌提要」に富仁家村とみえ、住人はすべてアイヌで、戸口は一三戸、四九人(男三一・女一八)。道戸口表や「徴発物件一覧表」をみると、その後しばらくの間、当村戸口の記入がなく、一時期無住地であったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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