富樫満成(読み)とがし・みつなり

朝日日本歴史人物事典 「富樫満成」の解説

富樫満成

没年:応永26.2(1419)
生年:生年不詳
室町時代前期の武将。満家の子。兄弟に満春がいる。応永21(1414)年,当時の史料に「富樫両人加賀国拝領」とあり,満春と共に加賀の守護となる。満成は加賀国半国守護職を得たのである。これ以前の彼らは,室町幕府将軍足利義持の近臣であり幕閣に大きな発言権を持っていた。23年に起こった上杉禅秀の乱の京都側の首謀者であった足利義嗣糾問して,事件後の幕政の主導権を握ったのも満成らであった。だがこの権勢も長くは続かなかった。25年11月,満成は将軍義持の愛妾密通したことなどを理由にされて追討を受けて失脚し,翌年河内で殺害された。<参考文献>伊藤喜良「義持政権をめぐって」(『国史談話会雑誌』豊田武・石井孝両先生退官記念号)

(伊藤喜良)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富樫満成」の解説

富樫満成 とがし-みつなり

?-1419 室町時代の武将。
応永21年(1414)兄の富樫満春とともに加賀(石川県)の半国守護となる。23年将軍足利義持への謀反をはかった足利義嗣を幽閉し,25年殺害したが,義嗣の愛妾(あいしょう)との密通が露見して失脚。高野山から吉野にのがれたが,応永26年2月4日畠山満家に殺された。6日,30日死去説もある。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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