寸沢嵐村(読み)すあらしむら

日本歴史地名大系 「寸沢嵐村」の解説

寸沢嵐村
すあらしむら

[現在地名]相模湖町寸沢嵐

道志(どうし)川が相模川に合流する左岸、若柳(わかやなぎ)村の南に位置する。東は三(み)ヶ木(げ)村(現津久井町)、西は牧野(まぎの)村(現藤野町)、南は青山(あおやま)村・青野原(あおのはら)村(現津久井町)に接する。田畑・山林・民家が若柳村と入組んでおり、村内を甲州への脇往還が走り、鼠坂(ねんざか)には関所が設けられていた。元和五年(一六一九)までは若柳村のうちであった(寛永一五年一二月二日「寸沢嵐村新田寅之改帳写」・正保二年「津久井領郷村水帳請取帳写」小川文書)。

近世は寛文四年(一六六四)久世(のち下総関宿藩)領、貞享元年(一六八四)幕府直轄領。元禄年間津久井領諸色覚書(県史六)によれば田四町五反余、畑一五〇町余、百姓一五〇軒、寺九、人数九九四人、馬一四〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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