日本歴史地名大系 「寺横町」の解説 寺横町てらよこまち 愛知県:刈谷市刈谷城下寺横町[現在地名]刈谷市寺横町札の辻(ふだのつじ)から北行する町で、福泉(ふくせん)坊があったからこの名がある。福泉坊は阿部氏の菩提寺で、宝永七年(一七一〇)阿部正鎮が上総国佐貫(さぬき)に転封とともに廃され、その跡に正覚(しようかく)寺が本町から移った。刈谷町の宗門改は、毎年四月正覚寺で行われた。寛政二年(一七九〇)土井利制の寄進により正覚寺山門より寺横町に通じる道が開かれた。正覚寺裏の谷を隔てて椎木(しいのき)屋敷がある。寺横町は、その先大悟(だいご)寺前を経て名古屋道に通じる。 寺横町てらよこちよう 青森県:八戸市八戸城下寺横町[現在地名]八戸市寺横町八戸城下の南、裏町通の南裏に位置する町人町。東は鷹匠(たかしよう)小路、西は鳥屋部(とやべ)町、南は大工(だいく)町、北は十六日(じゆうろくにち)町・六日(むいか)町に接する。中央を北西より南東に街路が通る。文久年間(一八六一―六四)の八戸御城下略図に寺横丁とあり、町家とされる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報