専門職資格(読み)せんもんしょくしかく

大学事典 「専門職資格」の解説

専門職資格
せんもんしょくしかく

国民の健康や福祉,社会の安定的な発展に実践的な貢献を期待される専門職者の技能および倫理水準は国家の関心事であり,教育機関による組織的な養成に加え,国家や専門職団体の試験を通しての技能・倫理の水準の検証と専門資格の付与が行われている。歴史的には,大学教育等を欠くにもかかわらず,十分な専門的技能を持つ者の認定も重要であった。国家や専門職団体による資格認定の役割は依然大きいが,認証評価を受けた教育機関の訓練や学位が資格の前提,ないし実質的に資格付与となる傾向も無視できない。

[日本]

日本の専門職資格の資格は,専門的業務を遂行する能力(スキル,知識,態度)を保証するものであるが,これを付与する主体については,日本の場合,戦前期から国家の役割がきわめて大きかった。明治政府は近代化のための専門的人材を必要としたが,学校制度による人材養成には多大な時間と費用を要するため,教育制度とは別個に各種の資格試験制度を創設して,一定の資質を持った人材の促成的育成に乗り出した。国家による資格試験制度は専門的人材の「量」を確保しつつ,また同時にその「質」を保証するという双方の役割を担っていくのである。

 たとえば医師についてみると,明治政府は中世以来誰でも自由に医師(漢方医)になることのできる無秩序状態を改革するため,1874年(明治7)に「医制(日本)」を公布,医師の開業許可制について明示するとともに,医術開業試験(日本)制度を創設する。正統的な医学校卒業生には無試験免許授与の特権を付与する一方で,学歴・履歴を問わない医術開業試験によって大量の西洋医の創出を確保しつつ,一定の質を維持した医療供給を可能にしたのである。代言人(弁護士)については,「代言人規則(日本)」(1876年)を制定,開業医資格と同様に官立学校の卒業生には無試験免許授与の特権を与えつつ,代言人(弁護士)の資格試験制度の整備を進めた。1923年(大正12)高等試験令(日本)によって判事検事登用試験と弁護士試験が司法科試験(日本)に統一され,判検事(日本)と弁護士の職業資格の対等化が実現,第2次世界大戦後の開放的な受験資格と選抜性の高い資格試験という養成システムが形成されていく。初等・中等教員,歯科医師・薬剤師など他の専門職についても同様の免許規定が制定され,国家による量と質の確保・維持が目指された。

 戦後において各専門職は全国レベルの団体を結成するが,団体自体に資格付与の権限は与えられておらず,それぞれ新規参入への資格(試験)は基本的に諸官庁が管轄することとなった。また業務独占が可能な専門職においては,基本的には大学卒業が資格試験受験の要件とされることとなった(ただし司法試験は戦後長い間,学歴を不問としてきたが,法科大学院制度発足以降は基本的にはその修了を受験要件としている)。たとえば,医師をはじめとする医療系専門職の資格(試験)は,各専門学部を卒業の上,厚生省(厚生労働省)が所管する国家試験に合格して初めて,当該専門業務に就くことが可能になる(ただし2004年以降は資格取得後,2年間の臨床研修が義務化されている)。このように,日本の戦後における専門職の資格付与については国家試験の当否にかかっており,その意味で大学や専門職団体よりも国家の権限がきわめて強い。またその受験要件は,戦前期には大学卒業を必ずしも必要とはしていなかったが,戦後では大学教育の発展と拡大に伴って,その修了(短大を含む)が受験要件となっている職が多く,その順序的な関係性が制度化されてきたといえよう。
著者: 橋本鉱市

[アメリカ]

アメリカ合衆国においては,医師(歯科医師,獣医師を含む)会計士等にみられるようにアメリカの専門職資格が国家資格あるいは州で認可している資格と結びついている場合と,プロフェッショナル・スクールで学び,その学習成果として取得した学位がプロフェッショナル学位として認知されている場合に大きく分類される。専門職が免許制あるいは資格制になるに従って,適切な技量のレベルに達していない者を排除する機能が見られるようになったが,プロフェッショナル・スクールは,専門職教育と学術的なトレーニングを十分に受けた専門職を量的に供給することと,学位や修了証(サーティフィケイト)を発行することにより教育の質を保証することに寄与している。プロフェッショナル・スクールでの専門職教育の充実と専門職の基準の上昇によって,学位や修了証を保持していることが専門職の資格試験受験の前提条件となった。このような制度が確立していくにつれて,プロフェッショナル・スクールを卒業することが多くの専門職業分野へ参入する前提条件になった。

 大学教員や研究者に対して,より高度な資格(Ph. D. などの博士号)が重要視されるようになったこと,看護系,社会福祉系などのサービス専門職により高度な学位が必要とされるようになってきたこと,ビジネスや工学系の大学院プログラムが充実したことにより,専門職学位の価値は1960年代から70年代にかけて急速に高まった。現在ではプロフェッショナル・スクールが授与する修士号は,専門職として通用する学位として,産業界や専門職団体からの評価が確立している。その結果,多くのプロフェッショナル・スクールの授与するターミナル・ディグリーと呼ばれる最終学位は修士号である。

 そうした専門職学位が専門職資格として認知されるためには,専門職団体や認可機関による専門職プログラムの認証評価の存在も大きい。プロフェッショナル・スクールや専門プログラム(カリキュラム,学習成果,教員の質,資格試験の合格率等々)に対して実施される専門アクレディテーションは,たとえば建築や法律,医学等を代表する全国的な専門職団体によって実施される。各専門職業を代表する専門職団体の目的,使命等においては,専門職業の多様性という点から鑑みると,その資格,アクレディテーションの基準,目標などにおいても多様である。しかし,専門職へ参入するだけの資格を,そのプログラムを通じて学生が備えられるか否かについてのアクレディテーションと考えられることから,間接的には専門プログラムを修了した学生は,専門職への参入の第1段階をクリアしたと推定できる。そのため,専門職学位への評価や信頼が生じ,結果として学位が専門職への参入資格としてみなされることにつながる。
著者: 山田礼子

イギリス

中世の大学の第1の役割は専門職教育を実施することといわれ,教養教育(古典語,古典文学,純粋数学が中心であったが,19世紀にはこれら以外に抽象的学問も含まれるようになる)は神学,法学,医学の上級学部で学ぶための準備教育と捉えられていた。しかし,イギリス(スコットランドを除く)では,宗教改革以後独自の富裕な基本財産を有するカレッジが創設された結果,国家の要請に応える必要がなくなり,イギリスの専門職資格に通じる上級学部よりも教養教育に重点が置かれるようになった。そのため,ヨーロッパ大陸の大学では考えられないことではあったが,反専門職業教育こそが大学教育の存在証明となり,19世紀にミル,J.S.(J.S. Mill)が「大学は専門職教育の場ではない」と論じたように,大学は専門職教育の機能を放棄することになった。その結果,専門職養成は専門職団体の中での徒弟制度年季奉公,実習に取って代わられ,上級学位は大学での第一学位取得後に一定期間在籍し,課程修了後必要な手数料を支払えば授与される学位となった。

 しかし,次第に専門職教育を復活させようとする動きが活発になり,1826年ロンドン大学の名称のもとにユニバーシティ・カレッジが創設された際には,法学と医学の専門職教育は最重要科目として位置づけられた。しかし,専門職団体である法廷弁護士や事務弁護士を養成する法曹協会や医師会は大学のこの動きに反対し,独自の講義計画を立ち上げることになった。つまり,社会的威信が高く,また専門職を独占していたそれら協会の脅威となる大学に真っ向から対抗したのであった。専門職団体の力は強く,法・医に続く新興専門職であった歯科医,会計士,建築家,技師を養成する職業集団も従来の制度を尊重し,大学とは関係を持たず,国家からの承認と国家資格の獲得に傾注した。

 1867年のパリ万国博覧会でドイツ産業の優位性が明確になった結果,競争が激化する世界市場でイギリスが優位を保つために,多数の熟練技術者や科学者を擁する必要性が繰り返し主張されるようになり,19世紀後半からは大学と専門職との関係が強化された。ことに19世紀初頭に産業資本家の手により大学となった旧市民大学(イギリス)は,専門職教育の分野に力を入れ,たとえばリヴァプール大学(イギリス)では歯学,建築学,獣医学,工学の学位コースを創設した。しかし,専門職資格を付与するための学位コースを新設しようとした時にはすでに専門職ごとに資格付与団体が確立されていたため,資格団体と大学とが既得領域を巡って争うことになった。職業資格についてシラバスが要件を満たしているか否かについても,いぜんとして専門職能団体の審査を経て認証を受ける必要もある。このように専門職団体と大学との確執は深く,このことが専門職教育の軽視や大学と産業界との関係の希薄さを生み出すとともに,高等教育人口の相対的な拡大に繫がらなかった理由と考えられている。

 しかしながら,イギリスでも20世紀後半からは大学の専門学位が専門職資格の条件として重要となり,この点でヨーロッパ大陸諸国に近づいている。たとえば法廷弁護士の資格取得には法学院への入会が欠かせないが,大学の法学学位は必須化し,法学専攻生数は1938年の数千から,2012年の9万へと増加している。公認技師(イギリス)(chartered engineer: チャータード・エンジニア(イギリス))の資格獲得の条件でも,大学での理学ないし工学専攻と工学修士学位が必要な場合も多々出てきている。大学での勉学は専門的経営者の基礎資格としても有用で,2012年の大学生全体のうち経営学専攻生は14%と最大の割合を占める。専門職資格の多様化に伴い,大学での専門訓練の比重は今後も高まるであろう。
著者: 秦由美子

フランス

フランスの社会では,学歴やフランスの職業資格が重視される。それらが就職や賃金に大きく影響するだけでなく,いったん就職してもその後の資格取得が昇進に影響する。このため,国が定める職業資格だけでなく,職業領域ごとに雇用者・被雇用者間の協定で定められる職業資格が多数存在し,これらの多くは国が作成する全国職業資格総覧(フランス)(répertoire national des certifications professionnelles: RNCP)に収録されている。RNCPには大学を含む高等教育機関の職業教育課程修了者に授与される免状(課程修了者に付与される資格,一部は学位を伴う)も登録されることとなっており,2011年現在,登録されている6920資格のうち2809は高等教育機関のものである。RNCPに登録された職業資格は専門職の資格とそれ以外の資格に分けられているわけではないが,フランスおよび欧州の分類に従って格付けがなされている。フランスの区分では,最高位の水準1に修士以上の免状,水準2に学士,水準3には高等教育短期教育課程の免状がそれぞれ該当する。

 大学等の高等教育機関の職業教育課程の免状が職業資格に位置付けられているだけでなく,学校教育と職業能力開発の間の密接な連携が図られている。技術や経営に関する高度な専門職業知識・技能を育成する技師養成校(フランス)(école d'ingénieurs)商業学校(フランス)(école de commerce)といったグランド・ゼコール(grande école)の多くが,そうした連携の典型である。フランスの大企業の幹部候補者はほぼ例外なくグランド・ゼコールの出身者から採用されており,また技師養成校の卒業者の雇用状況は大学の博士課程修了者(博士号取得者)のそれを上回っている。

 他方,大学は伝統的に法学系や医歯薬系の専門職を養成してきたが,それ以外の領域での教育は必ずしも職業に直接に結び付かないことが多かった。そうした大学のあり方は大衆化を迎える中で批判の対象となり,2年制の技術短期大学部(フランス)(institut universitaire de technologieè: IUT)が1966年に設置されたのを皮切りに,大学附設職業教育部(フランス)(institut universitaire professionnalisé: IUP)や高等専門職課程(フランス)(diplôme d'études supérieures spécialisées: DESS),職業学士(フランス)(licence professionnelle)などさまざまな職業教育課程が学内に設置されてきた。内部に技師養成校を置く大学も増え,また最近では外部に設置されていた初等中等教員養成機関である大学附設教員養成センター(フランス)(institut universitaire de formation des maîtres: IUFM)(かつての師範学校)が大学に吸収された。大学の職業への対応は「職業専門化professionnalisation」と呼ばれ,その影響はあらゆる大学教育に及ぶようになっている。2007年に制定された「大学の自由と責任に関する法律(LRU)」は,大学の使命に新たに学生の就職を加え,職業教育・就職支援の充実を図った。
著者: 大場淳

[ドイツ]

ドイツの大学では,国家試験,ディプローム試験,マギスター試験といった大学での学修の最終段階で行われる各種試験に合格することが,大学の卒業を意味してきた。通常,自然科学,社会科学の学科ではディプローム,人文科学の学科ではマギスターの学位が高等教育修了資格に相当するものとされた。一方,医学(歯学,獣医学を含む),薬学,法学,教職課程などでは,医師国家試験,教職国家試験などの第一次国家試験(ドイツ)に合格することが,大学における修了試験の役割を果たしてきた。

 こうした従来の制度から,ボローニャ・プロセスの展開のなかで,学士,修士という段階化された高等教育の基本構造がドイツにおいても導入されることになり,これと合わせて,ECTSという名称のヨーロッパ共通の単位互換制度が取り入れられることになった。これにより,所定の単位を取得することで,バチェラー,マスターの学位が付与されるシステムに変わりつつある。また国家試験の場合も,マスターの学位を取得することで,第一次国家試験合格とみなすことができるようになった。なお,これまで専門大学で取得したディプロームはバチェラーに相当する。従来のマギステルと一般大学(学術大学)のディプロームはマスターと同等に取り扱われる。

 ドイツの特色として,「大学は,学術的認識および学術的方法の応用または芸術的形成能力を必要とする職業活動の準備をする」(大学大綱法2条)とあるように,大学は職業準備教育(ドイツ)を施す機関とされている。ただしそれは,職業実務の上で役立つ具体的な準備教育を行う機関という意味ではない。大学教育の使命は,特定の学問領域での専門的知識と技能の習得を通して学術的な洞察,思考方法を身につけることにあるとされている。したがってドイツの場合,医学,法学,教職課程などのドイツの専門職資格を取得する場合,専門的知識の実務への応用,あるいは社会的な能力の形成といった面での職業準備教育は,大学教育の課題領域とはみなされない。第一次国家試験の合格者は,大学以外の職業教育・訓練機関において実地の研修を経験する(教職の場合,試補として試補研修所で実務に特化した教育を受けると同時に,学校勤務を経験する)。そののち第二次国家試験(ドイツ)に合格し,はじめて当該専門職資格を取得することができる。

 なお,ドイツでは2011年に「生涯学習のためのドイツ資格枠組み(DQR)」が策定されている。DQRはレベル1から8までの8段階に区分されるが,そのうちのレベル6がバチェラー,7がマスター,8がドクターにそれぞれ相当する。大学以外の職業訓練・教育の場において取得された「マイスター」「専門技術者(Techniker)」「専門士(Fachwirt)」,「熟練スペシャリスト(IT)」などの資格はレベル6に匹敵し,バチェラーと同等とみなされる。「戦略スペシャリスト(IT)」はマスター相当とされている。
著者: 木戸裕

[日本]◎天野郁夫『試験の社会史―近代日本の試験・教育・社会』凡社ライブラリー,2007.

参考文献: 辻功『日本の公的職業資格制度の研究―歴史・現状・未来』日本図書センター,2000.

[アメリカ]◎Sullivan, William M., Work and Integrity, Jossey-Bass, 2005.

[イギリス]◎Sanderson, M., The Universities and British Industry 1850-1970, Routledge & Kegan Paul, 1972.

参考文献: Truscot, B., Redbrick University, London: Faber and Faber, 1943.

参考文献: コンラート・ヤーラオシュ編,望田幸男,安原義仁,橋本伸也監訳『高等教育の変貌1860-1930―拡張・多様化・機会開放・専門職化』昭和堂,2000.

[フランス]◎大場淳「フランスにおける大学教育の職業化(professionnalisation)とその有効性」『広島大学大学院教育学研究科紀要第三部(教育人間科学関連領域)』54,2006.

参考文献: 中上光夫「フランスにおける職業訓練と職業資格」『国際地域学研究』10,2007.

[ドイツ]◎吉川裕美子「ドイツ〈資格社会〉における高等教育と職業の関係」『日本教育社会学会大会発表要旨集録』48,1996.10.

参考文献: Deutscher Qualifikationsrahmen für lebenslanges Lernen- DQR

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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