…白河上皇が天下三不如意の一つとして〈山法師〉をあげたというのは,まさにこの時代の山門僧兵のことである。僧兵の横暴の反面,貴族化もすすみ,藤原師輔の息尋禅が良源の弟子となり,20世座主になってから,貴族・皇族の入寺がつづき,座主に貴族出身者が多くなって,やがて門跡(もんぜき)が成立する。まず梨本円融房(のちの梶井門跡),ついで青蓮(しようれん)院,やや遅れて妙法院,曼殊院などの門跡が成立した。…
…さらに毎年6月に行う法華大会に広学竪義(こうがくりゆうぎ)という論義を設けて教学の振興につとめた。良源の門下からは源信,覚運,覚超,尋禅(じんぜん)など学匠が多数でている。 良源の活動によって延暦寺は他の教団を圧し,末寺や荘園も増加し,世俗的にも強大な存在となった。…
※「尋禅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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