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尋禅 じんぜん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尋禅 じんぜん

943-990 平安時代中期の僧。
天慶(てんぎょう)6年生まれ。藤原師輔(もろすけ)の10男。母は雅子(がし)内親王天台宗。比叡(ひえい)山で良源に顕密二教をまなぶ。天延2年(974)天台宗初の一身阿闍梨(あじゃり)となり,のち天台座主(ざす)につく。晩年,飯室(いいむろ)谷に退隠。永祚(えいそ)2年2月17日死去。48歳。通称は飯室座主,妙香院。諡号(しごう)は慈忍。著作に「戒壇院本尊記」「金剛宝戒章」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

尋禅

没年:正暦1.2.17(990.3.16)
生年:天慶6(943)
平安中期の天台宗の僧,第19世天台座主。諡は慈忍,飯室和尚,妙香院と号す。藤原師輔の10男として生まれる,母は雅子内親王。師輔は師檀関係にあった良源に入室させ,天徳2(958)年得度受戒し,横川楞厳院に住んだ。良源没後は後継者として比叡山の経営と教学の興隆に努め,藤原氏一族のために祈祷を行った。天延1(973)年一身阿闍梨,同2年権少僧都となる。寛和1(985)年,座主に至るが永祚1(989)年病により辞退し,飯室谷妙香院に住み,翌年2月14日,朝廷に願い出て御願寺とし,門弟に没後のことを定めて3日後に48歳で没した。墓は飯室谷にある。密教に優れ,不動の真言を唱える尋禅の傍らに制多迦童子が守護していたという話がある。<参考文献>堀大慈「尋禅と妙香院」(『日本仏教』23号,24号)

(西口順子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の尋禅の言及

【延暦寺】より

…白河上皇が天下三不如意の一つとして〈山法師〉をあげたというのは,まさにこの時代の山門僧兵のことである。僧兵の横暴の反面,貴族化もすすみ,藤原師輔の息尋禅が良源の弟子となり,20世座主になってから,貴族・皇族の入寺がつづき,座主に貴族出身者が多くなって,やがて門跡(もんぜき)が成立する。まず梨本円融房(のちの梶井門跡),ついで青蓮(しようれん)院,やや遅れて妙法院曼殊院などの門跡が成立した。…

【良源】より

…さらに毎年6月に行う法華大会に広学竪義(こうがくりゆうぎ)という論義を設けて教学の振興につとめた。良源の門下からは源信覚運,覚超,尋禅(じんぜん)など学匠が多数でている。 良源の活動によって延暦寺は他の教団を圧し,末寺や荘園も増加し,世俗的にも強大な存在となった。…

※「尋禅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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