朝日日本歴史人物事典 「尋禅」の解説
尋禅
生年:天慶6(943)
平安中期の天台宗の僧,第19世天台座主。諡は慈忍,飯室和尚,妙香院と号す。藤原師輔の10男として生まれる,母は雅子内親王。師輔は師檀関係にあった良源に入室させ,天徳2(958)年得度受戒し,横川楞厳院に住んだ。良源没後は後継者として比叡山の経営と教学の興隆に努め,藤原氏一族のために祈祷を行った。天延1(973)年一身阿闍梨,同2年権少僧都となる。寛和1(985)年,座主に至るが永祚1(989)年病により辞退し,飯室谷妙香院に住み,翌年2月14日,朝廷に願い出て御願寺とし,門弟に没後のことを定めて3日後に48歳で没した。墓は飯室谷にある。密教に優れ,不動の真言を唱える尋禅の傍らに制多迦童子が守護していたという話がある。<参考文献>堀大慈「尋禅と妙香院」(『日本仏教』23号,24号)
(西口順子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報