日本歴史地名大系 「小山崎刑場跡」の解説 小山崎刑場跡こやまさきけいじようあと 岩手県:水沢市須江村小山崎刑場跡[現在地名]水沢市真城 秋成旧奥州街道沿いの片子沢(かたごさわ)地内にある。仙台藩の刑場で、水沢留守氏家臣山崎杢左衛門の磔刑場として知られている。山崎杢左衛門は留守氏家臣小姓頭山崎久兵衛の次男として水沢城北川原(かわら)小路乙女(おとめ)川下ノ橋際の家に生れ、山崎家の分家叔父九右衛門の養子となった。当時京都鍵屋五兵衛から水沢地方に伝わってきた隠し念仏の教義を受け、柳(やなぎ)町(大町とも)の長吉(のち庄助)、渋谷地(しぶやち)(現胆沢郡胆沢町)の勘兵衛、牛蒡谷地(ごぼうやち)(現同上)の教詮(武七)とともに水沢地方に隠し念仏を布教。宝暦四年(一七五四)留守村利の代に本願寺派の寺方より邪宗犬切支丹として訴えられ、杢左衛門をはじめ関係者は全員逮捕され、杢左衛門・今野庄助は邪教を広め世人を惑わしたとして、五月二五日小山崎において磔刑、庄助は斬罪に処せられた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by