東北地方のうち、とくに岩手・宮城両県から北海道の一部にかけて行われている秘密宗教細胞組織。信徒たちは自ら「御内法(ごないほう)」とよぶが、世間からは「御庫(おくら)念仏」「庫法門(くらほうもん)」「土蔵秘事(どぞうひじ)」などとよばれる。西の隠れキリシタンに対して、東の隠し念仏といわれる。もと室町時代に東北地方に行われていた密教系の念仏が、江戸幕府の宗教政策のもとに、寺院本末化、檀家(だんか)制度化が進むにあたり、浄土真宗の傘下に入るのを得策として、表面からは密教色を去り、真宗の教義による外貌(がいぼう)をとり、内面では秘密念仏的性格を堅持し続けた。それゆえ、真宗に往々みかけられた異端としての秘事法門(ひじぼうもん)の一種のごとくに扱われたことが多い。所依の経典としては覚鑁(かくばん)(興教大師)の『五輪九字明秘密釈(ごりんくじみょうひみつしゃく)』(『五輪九字秘釈』ともよぶ)で、弘法(こうぼう)大師、興教大師、親鸞上人(しんらんしょうにん)の3像を崇(あが)め、とくに親鸞上人71歳御自作と称する木像を秘蔵することもあり、「御執上(おとりあげ)」と称する入信式では「指を組む」とて真言の印契(いんかい)に似た法式をとるなど、密教色を中心に含んでいる。隠し念仏が世間に知られたのは、1753年(宝暦3)仙台藩水沢領主伊達主水(だてもんど)の家臣山崎杢左衛門(もくざえもん)ら4名が京都で鍵屋(かぎや)五兵衛善休から相伝を受けて帰り布教するうち、邪宗として摘発され、翌年磔刑(たっけい)に処せられた一件であった。この善休の系統は京都の鍵屋宇兵衛道清(どうせい)(1663没)に始まり、幕末から分派も多く発生し、広く行われているほか、福島県の大網常瑞(じょうずい)寺(白河市)系統の秘事法門は、親鸞―善鸞―如信と相伝したものと伝え、同じく東北の隠し念仏として知られている。その儀式の多くは、暗夜にわずかの燈火のもとで行われ、俗人の指導者に導かれて、ひたすら念仏または「助けたまえ」の繰り返しのうちに、放心状態になると、口中やまぶたを調べて、救済された旨宣言をし、意識の回復したのちは、けっして他言しないと誓約させられる、というものである。また村ごとに役員を置くが、農閑期を利用して「御執上」(入信式)を6~15歳の児童に施し、それを済ませると共同体成員として一生涯が安定することになっており、嫁取り・婿取りに際してこれを行うことも多い。
[萩原龍夫]
真宗の信仰に仮託した秘事的な念仏集団で,江戸時代を中心にとくに東北地方に広く行われた。親鸞や蓮如などに起源を求めるもの,京都鍵屋の流れをくむものなどがあり,鍵屋流が最も多い。18世紀中ごろ,鍵屋3代五兵衛のとき,奥州水沢地方に流伝され,同地伊達支族の家臣山崎杢左衛門や長吉などにより広められた。1754年(宝暦4)一味26人が仙台藩に捕らえられ,磔刑,斬首,流罪などに処せられた。その教義は,念仏を強く督促して真言密教的な即身成仏を説くもので,極度の秘密性を重んじた。その組織には,表向き真宗僧に帰依させる〈一応の同行〉と,深く帰依した〈真の同行〉とがあり,御執揚(おとりあげ)と呼ぶ入信指導者を善師といい,その補佐役に脇役,御用役などがおかれた。鍵屋流の隠し念仏は上記の法難後,別行動をとって上幅(うわはば)派と渋谷地派に分裂した。その後の実態は把握しがたいまま,近代に至っている。なお,隠し念仏と同類のものに秘事法門がある。同じく秘密保持を重んじ,真宗教義に仮託して真言密教や邪義とされる立川流などを混じ,即得往生を説く。江戸,京都,大坂などの大都市をはじめ広く流布し,明治以後も潜行的に残存している。また,江戸時代に一向宗(真宗)を禁制した薩摩藩や遠江の相良藩では,ひそかに伝道が行われ,多くの犠牲を伴いつつ〈かくれ念仏〉として信仰がうけつがれ,薩摩地方では明治の解禁後も〈カヤカベ教〉として今日に至っている。
執筆者:柏原 祐泉
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…同じ六字名号でも,単なる南無阿弥陀仏と,阿弥陀如来から直接秘密伝法で血脈相承された南無阿弥陀仏には,往生の力に相違があるという思想である。日本での伝法の特色はこの秘密伝法にあり,一種の通過儀礼でもあるので,これが村落生活に入ると〈隠し念仏〉となって,村人もしくは結社以外の者を排除する念仏伝法になった。しかし浄土宗の五重相伝も,融通念仏宗の伝法も,秘密伝法という点では〈隠し念仏〉とまったく同じである。…
…これからはさらに一益(いちやく)法門,不拝義,善知識だのみなどの異義が派生した。江戸時代に入って邪宗邪義の禁圧がはげしくなると,土蔵(おくら)秘事,隠し念仏などと称して,地下潜行的な秘密結社となった。1663年(寛文3)紀伊国黒江の作太夫が十劫秘事を説いて追放に処せられ,1711年(正徳1)ごろには美濃国加納の玄竜寺を中心に秘事が行われ,東西両本願寺の手によって処理された。…
※「隠し念仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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