小松山(読み)こまつやま

日本歴史地名大系 「小松山」の解説

小松山
こまつやま

[現在地名]真鶴町岩

いわ港の西方山地一帯の総称。山頂部は広く台地状になっているために、小松原こまつばらとよばれる。良質の安山岩の小松石を産出し、江戸城築城のための石材採掘に当たった福岡藩は、筑前より小河政良を奉行とする七人の石工を派遣し、当山の採石場の開発を行った(石工先祖碑)。その地は現在も口開くちあけ丁場とよばれている。鍬形斎の「職人尽絵詞」に「石は播州御影石讃州の豊島石を石碑によきは和泉石、あつまにては伊豆の小松原の青ミのかゝりたる」とあり、小松石は磨くと青黒い光沢が現れ、風化にも強いために墓碑石として珍重された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む