小栗山喜四郎(読み)おぐりやまきしろう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「小栗山喜四郎」の意味・わかりやすい解説

小栗山喜四郎
おぐりやまきしろう
(1676―1722)

江戸中期、会津御蔵入(あいづおくらいり)騒動の義民。陸奥(むつ)国会津(福島県西部)南山(みなみやま)御蔵入郷小栗山の農民。御蔵入騒動は1720年(享保5)貢租、課役の減免と郷頭(ごうがしら)(大庄屋(おおじょうや)にあたる)の廃止を要求して、まず田島陣屋(南会津町)に強訴、さらに35人が江戸に越訴(おっそ)した一揆(いっき)。喜四郎ほか5人が死罪となったが、代官はその職を奪われ、郷頭で役儀を召し上げられたり、過料に処せられた者も出た。

[横山十四男]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小栗山喜四郎」の解説

小栗山喜四郎 こぐりやま-きしろう

1676-1722 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
延宝4年生まれ。陸奥(むつ)会津(あいづ)(福島県)南山御蔵入領小栗山の農民。天領となってからの田島代官所の苛政(かせい)に怒り,一揆をおこして享保(きょうほう)6年幕府に直訴。享保7年7月1日同志5名とともに処刑される。47歳。のちに代官山田八郎兵衛は罷免された。

小栗山喜四郎 おぐりやま-きしろう

こぐりやま-きしろう

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