小縄村・高住村・赤沢村(読み)こなわむら・こうじゆうむら・あかさわむら

日本歴史地名大系 「小縄村・高住村・赤沢村」の解説

小縄村・高住村・赤沢村
こなわむら・こうじゆうむら・あかさわむら

[現在地名]早川町小縄・高住・赤沢

早川入一八ヵ村の一。検地帳や郷帳類では小縄村を筆頭に高住村・赤沢村を加えて一村の扱いとしている。しかし村役人はそれぞれ別に置かれており(甲斐国志)、また文書のうえでも小縄の下に高住と赤沢が並列に割書される場合が多く、割書の二ヵ村は単なる枝村ではなかったとみられる。小縄村は初鹿島はじかじま村の西に位置し、早川右岸に集落がある。対岸千須和せんずわ村。高住村は小縄村の西、早川支流春木はるき川の河口付近、春木川右岸側山腹に集落があり、板草里いたぞうりを枝村とする。赤沢村は小縄村・高住村の南に位置し、春木川中流右岸の斜面に集落を形成する。赤沢は身延みのぶ山から七面しちめん山へ抜ける参詣道の途中にあたっており、両山への参拝者のための講宿集落として栄えた。慶長古高帳に三村連記で村名がみえ、高は二五石余、幕府領。寛文一一年(一六七一)の検地高は九三石余、反別は田一町一反余、畑・屋敷四〇町三反余(「小縄・高住・赤沢村検地帳」県立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む