小野見村(読み)おのみむら

日本歴史地名大系 「小野見村」の解説

小野見村
おのみむら

[現在地名]相川町小野見

南は小野見川(大谷川)を隔てて北田野浦(きたたのうら)村、北は大塚(おおつか)川を挟んで石名(いしな)村。東は大佐渡山系の急峻な山地で白瀬(しろせ)村(現両津市)。集落は海岸の狭い平地に展開し、背後の段丘は近世に水田化されたが、北側は開析谷が多いため開発が遅れ、農地は近隣諸村より少ない。「高千村史」によれば、永禄四年(一五六一)に大谷(おおや)川中流域の大谷方と小野見の斉藤方が合併して村ができ、この頃から湧水を見立てて水田を開くようになったとする。大谷方の村は、古くは中位段丘上部の坊(ぼう)ノ浦(うら)辺りにあって、熊野権現を祀る大谷松右衛門・久左衛門、石動権現社人の後藤内らが一族の中心と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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