少弐冬資(読み)しょうに ふゆすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「少弐冬資」の解説

少弐冬資 しょうに-ふゆすけ

1333-1375 南北朝時代の武将
正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年生まれ。少弐頼尚(よりひさ)の次男筑前(ちくぜん)守護,大宰(だざいの)少弐。北朝方にくみし,北九州を中心に南朝方の菊池武光らとたたかったが敗北幕府から九州探題として派遣された今川了俊(りょうしゅん)と対立,永和元=天授元年8月26日肥後(熊本県)水島で謀殺された。43歳。通称は孫二郎。法名は天岸存覚。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の少弐冬資の言及

【九州探題】より

…領国形成志向の旺盛さは,もちろん,在来守護層との関係も切迫させる。75年(天授1∥永和1)肥後水島で少弐冬資を誘殺したため,以後,島津氏久との関係が緊張したことは,その代表的例といえよう。両朝合一まもない95年(応永2),彼が探題職を解任されたのもこの辺に大きな原因があろう。…

※「少弐冬資」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む