…領国形成志向の旺盛さは,もちろん,在来守護層との関係も切迫させる。75年(天授1∥永和1)肥後水島で少弐冬資を誘殺したため,以後,島津氏久との関係が緊張したことは,その代表的例といえよう。両朝合一まもない95年(応永2),彼が探題職を解任されたのもこの辺に大きな原因があろう。…
※「少弐冬資」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...