日本歴史地名大系 「屋代庄」の解説
屋代庄
やしろのしよう
米沢盆地の東辺、最上川およびその支流羽黒川より東の平野・山間部に広がる摂関家領(のち天皇家領)庄園。北は
左大臣藤原頼長の日記「台記」仁平三年(一一五三)九月一四日条に「屋代庄」とみえ、久安四年(一一四八)に父忠実から頼長へ
屋代庄
やしろのしよう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
米沢盆地の東辺、最上川およびその支流羽黒川より東の平野・山間部に広がる摂関家領(のち天皇家領)庄園。北は
左大臣藤原頼長の日記「台記」仁平三年(一一五三)九月一四日条に「屋代庄」とみえ、久安四年(一一四八)に父忠実から頼長へ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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