山仮屋関所跡(読み)やまがりやせきしよあと

日本歴史地名大系 「山仮屋関所跡」の解説

山仮屋関所跡
やまがりやせきしよあと

[現在地名]北郷町北河内 山仮屋

北河内(きたがわち)地区の北東部、田代(たしろ)集落から東へ約四キロ、県道宮崎―北郷線(通称、山仮屋線)を東側へ登った所に位置する。標高は約三三八メートル、南には谷合(たにあい)集落がある。近世の飫肥(おび)街道に置かれた関所で、飫肥城(現日南市)からは北へ約五里にあたった。一帯は古来、清武(きよたけ)(現清武町)と飫肥を結ぶ交通の要所であった。「日向纂記」によれば、文明一六年(一四八四)の伊東祐邑による飫肥攻めは、清武の円目河内(まるめかわち)から当地西方の国見嶺(くにみとうげ)(今の和藤治辺り)を越え、田代を経て郷之原(ごうのはら)の安国寺に入ったとされ、山仮屋越の通路はまだ開かれていなかったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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