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山内首藤俊通 やまのうちすどう としみち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山内首藤俊通 やまのうちすどう-としみち

?-1160* 平安時代後期の武将。
藤原秀郷(ひでさと)の後裔(こうえい)首藤義通(よしみち)の子。妻は摩々局(ままのつぼね)。相模(さがみ)鎌倉郡山内荘にすみ,山内首藤氏の祖。保元(ほうげん)・平治(へいじ)の乱では子の俊綱(としつな)とともに源義朝(よしとも)にしたがう。平治元年12月28日京都四条河原で平家とたたかい討ち死にした。通称は滝口刑部丞(ぎょうぶのじょう)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の山内首藤俊通の言及

【山内首藤氏】より

…相模出身の中世武家。その祖は藤原秀郷とも藤原師尹ともいう。主馬首となった資清は首藤氏を称し,その子資通は前九年・後三年の役で源義家に従い,資通の孫俊通は相模国山内荘を本拠として山内首藤氏を称し,源義朝に従って保元・平治の乱を戦った。山内首藤氏は主家の乳人を務める源氏譜代の郎党であったが,1180年(治承4)源頼朝の挙兵に俊通の子経俊は応ぜず,山内荘は頼朝に没収された。その後,経俊は頼朝に従い伊勢,伊賀の守護となる。…

※「山内首藤俊通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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