コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山内首藤俊通 やまのうちすどう としみち

1件 の用語解説(山内首藤俊通の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山内首藤俊通 やまのうちすどう-としみち

?-1160* 平安時代後期の武将。
藤原秀郷(ひでさと)の後裔(こうえい)首藤義通(よしみち)の子。妻は摩々局(ままのつぼね)。相模(さがみ)鎌倉郡山内荘にすみ,山内首藤氏の祖。保元(ほうげん)・平治(へいじ)の乱では子の俊綱(としつな)とともに源義朝(よしとも)にしたがう。平治元年12月28日京都四条河原で平家とたたかい討ち死にした。通称は滝口刑部丞(ぎょうぶのじょう)。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典内の山内首藤俊通の言及

【山内首藤氏】より

…相模出身の中世武家。その祖は藤原秀郷とも藤原師尹ともいう。主馬首となった資清は首藤氏を称し,その子資通は前九年・後三年の役で源義家に従い,資通の孫俊通は相模国山内荘を本拠として山内首藤氏を称し,源義朝に従って保元・平治の乱を戦った。山内首藤氏は主家の乳人を務める源氏譜代の郎党であったが,1180年(治承4)源頼朝の挙兵に俊通の子経俊は応ぜず,山内荘は頼朝に没収された。その後,経俊は頼朝に従い伊勢,伊賀の守護となる。…

※「山内首藤俊通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

山内首藤俊通の関連キーワード永暦源光保岩手でのリンドウの生産千里ニュータウンエアリエル永暦城南寺蛭ヶ島平治源義朝

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone