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山崎弁栄 やまさき べんねい

美術人名辞典の解説

山崎弁栄

浄土宗の僧。千葉県生。幼名は啓之介。号に仏陀禅那・無所得子・不可知童子。農業のかたわら内外典、高僧伝を読み、21才のとき東漸寺大谷大康について得度、インドの仏跡参拝を経て光明会を創設、如来光明主義の伝道を始める。また神奈川県に光明学園を創設した。大正9年(1920)寂、62才。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

山崎弁栄

1859(安政6)年、旧鷲野谷村(現・柏市)で豪農の長男として生まれる。21歳で出家、弁栄の名を受ける。松戸市善光寺で本格的な布教活動を始め、インドの聖地も訪問。1918(大正7)年、相模原市の寺の住職に迎えられ、翌年、光明学園(現・相模原高校)を設立。20年、布教先の新潟県柏崎市の寺で死去

(2012-04-08 朝日新聞 朝刊 ちば東葛 1地方)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山崎弁栄 やまざき-べんねい

1859-1920 明治-大正時代の仏教思想家。
安政6年2月20日生まれ。浄土宗の僧。大谷大康にまなび,筑波山で念仏行をおさめる。明治27年インドの仏跡を巡拝し,帰国後は如来光明主義をとなえ,光明会を創設した。大正9年12月4日死去。62歳。下総(しもうさ)相馬郡手賀村(千葉県)出身。著作に「宗祖の皮髄」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山崎弁栄

没年:大正9.12.4(1920)
生年:安政6.2.20(1859.3.24)
明治から大正時代の浄土宗の僧。光明主義運動の提唱者。12歳のとき,空中に弥陀三尊を想見する。21歳で出家し,東京で遊学する。筑波山で念仏行の修行をして三昧発得を体験した。その後一切経を読破し,明治27(1894)年にインド仏跡参拝を行い,帰国後は独自の伝道活動を展開する。大正3(1914)年に如来光明会趣意書を頒布し,同7年に伝道者養成のための光明学園を設立。常に粗衣粗食に甘んじ,人と争わず,平生念仏をもってその行業としていた。著書は『お慈悲のたより』など多数。<参考文献>藤堂恭俊『弁栄聖者』

(林淳)

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