朝日日本歴史人物事典 「岡崎義実」の解説
岡崎義実
生年:天永3(1112)
平安末・鎌倉前期の武将。四郎,平四郎,悪四郎と称す。三浦義継の4男,妻は中村宗平の娘。相模大住郡岡崎郷の住人。治承4(1180)年源頼朝の挙兵に参加,石橋山の戦で長子義忠を討った長尾定景を預かり,その処分をまかされたが,のち頼朝にその助命を願い許された。鎌倉亀谷に源義朝の菩提を弔い堂宇を建てる。頼朝のもとで宿老として重用された。のち老齢で出家後は不遇,家門の窮迫を訴えられた北条政子は,源頼家に所領を義実へ与えるように取りなした。高野山奥院に幡を寄進。89歳の長寿を保った。
(湯山学)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報