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岡部平太 おかべ へいた

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岡部平太 おかべ-へいた

1891-1966 大正-昭和時代の体育指導者。
明治24年9月10日生まれ。東京高師の柔道選手として活躍。大正7年渡米し,シカゴ大で体育理論をまなぶ。東京高師講師などをへて11年満州体育協会理事長。昭和26年ボストンマラソンの監督として田中茂樹を優勝にみちびいた。福岡市の平和台競技場の名付け親。昭和41年11月6日死去。75歳。福岡県出身。著作に「コーチ五十年」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

おかべへいた【岡部平太】

1891‐1966(明治24‐昭和41)
柔道家であり,陸上競技などスポーツ全般にわたる指導者。柔道創設者嘉納治五郎との親交も厚く,講道館柔道八段。養蚕業を営む一家の長男として,玄界灘に面した福岡県志摩町に生まれる。日本が初参加したストックホルム・オリンピックの年(1912)に福岡師範を卒業し,1年間の教員生活を経て東京高等師範学校に進学。翌年には講道館紅白試合で7人抜きを果たし四段に昇進,柔道家としての確固たる名声を確立した。高等師範卒業後渡米し,シカゴ大学でアメリカにおける体育理論を研鑽するとともに,アメリカン・フットボール,バスケットボール,水泳,陸上などのスポーツ種目について研究する。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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