岩弘村(読み)いわひろむら

日本歴史地名大系 「岩弘村」の解説

岩弘村
いわひろむら

[現在地名]東串良町岩弘

高隈たかくま山地に源を発し、高隈郷・串良郷を経て笠野原かさのはら台地東端を南東に流れる串良川東岸にある。東部のシラス台地と串良川の浸食による狭小な平地からなり、台地は急崖をなしている。同川対岸は有里ありさと(現串良町)。岩広とも記される。観応二年(一三五一)八月一九日の畠山直顕寄進状写(大慈寺文書)に「串良院内岩弘名」とみえ、志布志大慈しぶしだいじ(現志布志町)に寄進されている。延文八年(貞治二年、一三六三)二月二四日には島津氏久から岩広名半分が同寺に寄進され(「島津氏久寄進状写」同文書)、応永一三年(一四〇六)六月五日には岩弘名が島津元久から(「島津元久寄進状写」同文書)、同三二年三月一四日には島津貴久(忠国)から岩弘名内九町分が同寺に寄進されており(「島津貴久寄進状写」同文書)、忠国からは永享八年(一四三六)一月一八日にも岩弘名が寄進された(「島津忠国寄進状写」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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