岩橋山(読み)いわはしやま

日本歴史地名大系 「岩橋山」の解説

岩橋山
いわはしやま

金剛山地(葛城山系)中にあり、標高六五八・八メートル。河内・大和の国境にあたり、山頂南約二〇〇メートルの岩橋峠を、北東方の奈良県北葛城(きたかつらぎ)郡當麻(たいま)町南今市(みなみいまいち)への道が通る。岩橋山一帯は奇岩が多く、山頂よりやや西にある久米(くめ)の岩橋もその一つである。「河内名所図会」に「此石橋の形を見れば、巨巌にして面に橋板の段ある事四ツ、両端、稍隆うして欄檻に似たり、幅三尺余、長八尺許、西南の方、些し欠たり、形勢、将に南峰に逮んと欲す」と記される。「日本霊異記」上巻に、文武天皇の代、役優婆塞(役行者)が山中で修行を重ね、孔雀の呪法を修習して奇異の験術を証しえ、鬼神を駆け使い、大和国の金峯山(きんぶせん)と葛城山との間に橋を渡すことを鬼神に命じたという伝説がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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