国性爺合戦(読み)こくせんやかっせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国性爺合戦
こくせんやかっせん

浄瑠璃。時代物。5段。近松門左衛門作。正徳5 (1715) 年大坂竹本座初演。明の遺臣鄭芝竜 (老一官) を父とし,日本人を母とする和藤内が,中国に渡り,国性爺鄭成功と名のって,明国再興のために奮戦する物語。3段目の「楼門」「甘輝館」が有名。『明清闘記』にみられる鄭成功の史実をもとに,錦文流作『国仙野手柄日記』などをふまえ,中国と日本を舞台にした雄大な構想が人気を呼び,17ヵ月続演の記録を残した。また,従来段と段との間に挿入されていた間狂言が以後廃止されたことからもわかるように,各段の内容充実,緊密な構成を達成。歌舞伎でも演じられ,和藤内は荒事の代表的な役とされている。

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百科事典マイペディアの解説

国性爺合戦【こくせんやかっせん】

近松門左衛門作の浄瑠璃,また,これに基づく歌舞伎劇。1715年初演。明と日本の混血児で国性(姓)爺と呼ばれた豪傑鄭成功(ていせいこう)の話を脚色。和藤内(わとうない)こと鄭成功が,異母姉錦祥女の夫甘輝と同盟を結ぶ三段目〈甘輝館〉が有名。新奇な題材,雄大な構想が喜ばれ,初演では17ヵ月続演の記録を立てた。和藤内は荒事(あらごと)の代表的な役。
→関連項目鄭成功丸本物和藤内

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世界大百科事典 第2版の解説

こくせんやかっせん【国性爺合戦】

人形浄瑠璃。時代物。5段。近松門左衛門作。大坂竹本座初演。1715年(正徳5)11月から17年(享保2)2月まで閏月をはさんで3年越し17ヵ月の長期公演となった。50,60年以前の明・清抗争期に活躍した,父が中国人,母が日本人の鄭成功の英雄譚に題材をとった。明国が韃靼(だつたん)国に攻められ,壊滅の危機に至ったとき,明朝の遺臣鄭芝竜(老一官)と平戸浦の日本婦人との間に生まれた和藤内という青年が,父母とともに大陸に渡って明国の復興をはかる。

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大辞林 第三版の解説

こくせんやかっせん【国性爺合戦】

人形浄瑠璃。時代物。近松門左衛門作。1715年初演。明朝から亡命した鄭芝竜ていしりゆうと日本女性との間に生まれた子鄭成功ていせいこう(和藤内)が、明朝再興に活躍した史実をもとに、国姓爺(和藤内)を中心に脚色したもの。三段目の「楼門」「甘輝館かんきやかた」の段が最も有名。こくせんや。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国性爺合戦
こくせんやかっせん

浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。5段。近松門左衛門作。1715年(正徳5)11月大坂・竹本座初演。正保(しょうほう)(1644~48)のころ、明(みん)国人鄭芝龍(ていしりょう)と日本人の間に生まれた鄭成功(ていせいこう)が、明朝回復に尽力した事跡を脚色。主人公和藤内(わとうない)は混血児で、和人でも唐人でもないという意味の名、国性爺は国から性(姓)を賜ったとの意である。
 初段―明の思宗烈(しそうれつ)皇帝は逆臣李蹈天(りとうてん)の内通により韃靼(だったん)軍に攻め滅ぼされるが、忠臣呉三桂(ごさんけい)は誕生した太子を守って落ち延び、皇妹栴檀女(せんだんじょ)は小舟に乗って逃れる。二段(鴫蛤(しぎはまぐり)・虎(とら)狩り)―明の旧臣鄭芝龍は九州・平戸に亡命して老一官(ろういっかん)と名のっていた。彼と日本人との間に生まれ成人した和藤内が、浜で鴫と蛤の争いを見て軍法を悟るところへ、栴檀女の舟が流れ着く。和藤内は故国を救うため父母とともに明へ渡り、千里ヶ竹では襲ってきた猛虎(もうこ)を伊勢(いせ)神宮のお札の威徳で従える。三段(楼門)―一官は妻や和藤内と、先妻の娘錦祥女(きんしょうじょ)を妻とする将軍甘輝(かんき)を獅子(しし)ヶ城に訪ね、味方を頼むが、甘輝が不在なので、母ひとり縄にかかって城内へ入る。同(紅(べに)流し・甘輝館)―いまは韃靼に従う甘輝は、帰館して母の頼みを承諾しようと思うものの、妻の縁で裏切ったという不名誉を恐れ、錦祥女を刺そうとするが、母は継娘(ままむすめ)をかばって殺させない。錦祥女はやむなく破談を城外の和藤内に知らせるため、しるしの紅を泉水に流す。和藤内が怒って城内へ入ると、錦祥女は自害した自分の血だと打ち明け、夫に父や義弟への味方を願う。妻の心に打たれた甘輝は和藤内を国性爺と崇(あが)めて味方を誓い、母は自害して息子たちを励ます。四、五段―国性爺と甘輝は、九仙山で幼君を守護していた呉三桂と協力して韃靼軍と李蹈天を討伐、明国は再興する。
 新奇でエキゾチックな題材と雄大な構成が喜ばれ、初演のときは3年越し17か月のロングランを記録。翌年(1716)秋には歌舞伎(かぶき)にも移され、以後人形浄瑠璃と両方で繰り返し上演されてきた。歌舞伎では和藤内を荒事(あらごと)演出で完成させ、ことに三段目「紅流し」で激怒して花道を入るところが見せ場。「楼門」では錦祥女、後の「甘輝館」では甘輝と和藤内の母を中心に、義理と人情の絡み合いが近松独特の名文で描かれている。[松井俊諭]
『守随憲治・大久保忠国校注『日本古典文学大系50 近松浄瑠璃集 下』(1959・岩波書店) ▽原道生著『鑑賞日本の古典16 近松集』(1982・小学館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

こくせんやかっせん【国性爺合戦】

浄瑠璃。時代物。五段。近松門左衛門作。中国明代末の鄭成功(ていせいこう)の史実に基づき、日本に亡命の鄭芝龍の子和藤内(国性爺)が義姉錦祥女の夫甘輝と協力して明朝の再興を図る筋。正徳五年(一七一五)大坂竹本座初演。一七か月に及ぶ長期興行記録を作った。歌舞伎には享保元年(一七一六)に取り入れられ、浮世草子、読本、草双紙など後世の文芸に大きな影響を与えた。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典の解説

国性爺合戦
こくせんやかっせん, こくせんやがっせん

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
作者
近松門左衛門(1代)
補作者
福岡弥五四郎 ほか
初演
享保1.秋(京・万太夫座)

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世界大百科事典内の国性爺合戦の言及

【人形浄瑠璃】より

…18世紀初期に,無名の庶民を主人公としながら悲劇の風格を備え,イプセンの近代劇と相通ずる,時・所・筋の三一致的扱いが認められるなど,近松世話浄瑠璃は世界演劇史的観点からも高く評価されている。同時に近松は,雄大,華麗に時代物にも健筆をふるい,《酒呑童子枕言葉》《傾城反魂香》《平家女護島》など100作近くを著したが,特に15年(正徳5)《国性爺合戦》は,17ヵ月続演の画期的大当りをとり,初代義太夫没後の竹本座の基礎を固め,この成功を契機として,18世紀前半の上方演劇界で,浄瑠璃は歌舞伎を圧し,現代劇の首座を占めるに至る。
[浄瑠璃全盛期――1720年代~1751年]
 1703年初代義太夫の門弟豊竹若太夫(越前少掾)は,竹本座から独立し豊竹座を創立,持ち前の美声と経営的手腕で地歩を固め,初代義太夫,近松没後の浄瑠璃界は竹豊両座対抗の時代を迎えた。…

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