岩谷遺跡(読み)いわやいせき

日本歴史地名大系 「岩谷遺跡」の解説

岩谷遺跡
いわやいせき

[現在地名]広見町岩谷

広見川の東側の河岸段丘(約一〇五メートル)上にある縄文後期の遺跡。

当遺跡は上下二段に分れ、上段には主として縄文後期前葉の土器が、下段には同前葉・中葉・後葉の各種の土器が発見された。この前葉の土器には岡山県倉敷くらしき市の中津なかつ福田ふくだの両貝塚土器に比定されるものが、中葉の約三千年前の中には高知県宿毛すくも貝塚や南宇和郡御荘みしよう町の平城ひらじよう貝塚の出土品に類するものが、後葉では土佐清水とさしみず片粕かたかすや宇和島市伊吹いぶき町遺跡に類した土器文様のものが大量に出土している。

とくに後者とともに多数の打製石斧や石鏃の伴出していることは、石錘・凹石・叩石などの出土と考え併せて、活発な狩猟漁労と同時に木の実・草の根などの採集や粉食、さらにはなにかの植栽までも行われたのではないかと想像させられるほどである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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