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島津斉宣 しまづ なりのぶ

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美術人名辞典の解説

島津斉宣

第二十六代鹿児島藩主。初名虎寿丸・又三郎、号は渓山。重豪の長男。豊後守・薩摩守・従四位上左近衛中将を務める。天保12年(1841)歿、69才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島津斉宣 しまづ-なりのぶ

1774*-1841 江戸時代後期の大名。
安永2年12月6日生まれ。島津重豪(しげひで)の長男。天明7年(1787)15歳で薩摩(さつま)鹿児島藩主島津家9代となる。文化4年樺山主税(かばやま-ちから),秩父太郎を家老に起用し,人事一新,藩校改革,前代の政策廃止など緊縮政策をすすめる。重豪の怒りをかい,近臣を大量処分され(近思録崩れ),6年隠居させられた。天保(てんぽう)12年10月13日死去。69歳。初名は忠尭(ただたか)。通称は又三郎。号は渓山。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の島津斉宣の言及

【近思録崩れ】より

…江戸時代後期,薩摩藩の事件。1787年(天明7)斉宣が島津家27代の封をついだが,前代重豪(しげひで)の開化進取政策により財政は破局に向かっていた。斉宣は1807年(文化4)近思録派(《近思録》を愛読し,実践を重んずる党派)を起用し,徹底的な緊縮政策を実施し,重豪の新規政策をことごとく破却した。激怒した重豪は翌08年樺山・秩父ら50人ばかりの党類に切腹,遠島,寺入りを命じ,斉宣を隠居させて孫の斉興に襲封させた。…

※「島津斉宣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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