川口新家村(読み)かわぐちしんけむら

日本歴史地名大系 「川口新家村」の解説

川口新家村
かわぐちしんけむら

[現在地名]淀川区木川西(きがわにし)一―二丁目・十三東(じゆうそうひがし)三丁目

西流する中津川の右岸にある。東は木寺(きでら)村。村の反別一三町四反余は北中島(きたなかじま)諸村中最小で、うち八反余は堀(ほり)村の字堀(ほり)ノ内(うち)に、五町五反余は成小路(なるしようじ)村・堀村・小島(こじま)村などの境界付近に飛地としてあった(西成郡史)。村名のとおり、もとは木寺村東隣の川口村の新家村で、別に川口(かわぐち)新田村または単に新田ともよばれた(大阪府全志)。独立の時期は明らかでないが寛永―正保期(一六二四―四八)の摂津国高帳には村名の記載がなく、延宝五年(一六七七)には幕府領で豊島権之丞代官所支配であったので(「水道之古書写帳」大阪市立博物館蔵)、正保以降、延宝四年までのことである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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