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川喜田半泥子 かわきた はんでいし

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美術人名辞典の解説

川喜田半泥子

陶芸家・実業家。百五銀行頭取。三重県生。名は久太夫、号は泥仏堂・無茶法師・莫迦野廬等。趣味人として書画・俳句を好み、茶の湯を十一代久田宗也に学ぶ。また早くから陶器に傾倒し千歳山の自邸に窯を築き茶陶の製作にあたった。のちこの窯を長谷山下の広永に移し弟子を養成した。昭和38年(1963)歿、86才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川喜田半泥子 かわきた-はんでいし

川喜田久太夫(かわきた-きゅうだゆう)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川喜田半泥子
かわきたはんでいし
(1878―1963)

陶芸作家、文人。本名は川喜田久太夫政令。半泥子、泥仏堂、無茶法師、紺野浦二、其飯、莫迦耶盧主人などの号がある。三重県津の素封家川喜田家の第16代にあたり、実業家として活躍する一方で、書画、俳句、茶道などをたしなむ文人生活に入り、1912年(大正1)楽窯(らくがま)を津市内の自邸に築き、晩年には同市の広永(ひろなが)に窯を移して弟子の養育にも尽力した。現代の代表的な数寄(すき)陶工として、とくに茶碗(ちゃわん)に優れた力量を発揮し、古格に縛られない無縫な作振りを示して、高く評価される。『泥仏堂回録』『乾山考』などの著作もある。[矢部良明]

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