川田 晴久(読み)カワダ ハルヒサ

  • 川田 晴久 (かわだ はるひさ)

20世紀日本人名事典の解説

昭和期の俳優,コメディアン



生年
明治40(1907)年3月15日

没年
昭和32(1957)年6月21日

出生地
東京市浅草区(現・東京都台東区)

本名
岡村 郁次郎

別名
旧名=川田 義雄

経歴
昭和5年川田義雄の芸名で浅草音羽座に歌とハーモニカをもってデビュー。浪曲の虎造節をジャズにアレンジした“川田節”で売り出す。8年吉本興業に入社。12年坊屋三郎らと“あきれた・ぼういず”を結成し、ギター片手ユーモアのある歌謡漫談で一世を風靡した。14年ミルク・ブラザーズを結成、テーマソング「地球の上に朝が来る…」で再び人気を得る。17年脊髄カリエスを発病戦後はその悪化のため舞台を退き、10数年の闘病生活を余儀なくされる。一方、戦前の14年から映画にも数多く出演、戦後は「東京キッド」などの美空ひばり映画にしばしば出演し、ひばりの売り出しに尽力した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説


職業
俳優 コメディアン

本名
岡村 郁次郎

別名
旧名=川田 義雄

生年月日
明治40年 3月15日

出生地
東京市浅草区(東京都 台東区)

経歴
昭和5年川田義雄の芸名で浅草音羽座に歌とハーモニカをもってデビュー。浪曲の虎造節をジャズにアレンジした“川田節”で売り出す。8年吉本興業に入社。12年坊屋三郎らと“あきれた・ぼういず”を結成し、ギターを片手にユーモアのある歌謡漫談で一世を風靡した。14年ミルク・ブラザーズを結成、テーマソング「地球の上に朝が来る…」で再び人気を得る。17年脊髄カリエスを発病。戦後はその悪化のため舞台を退き、10数年の闘病生活を余儀なくされる。一方、戦前の14年から映画にも数多く出演、戦後は「東京キッド」などの美空ひばり映画にしばしば出演し、ひばりの売り出しに尽力した。

没年月日
昭和32年 6月21日 (1957年)

伝記
美空ひばり 平和をうたう―名曲「一本の鉛筆」が生れた日池内紀の仕事場〈7〉名人たちの世界地球の上に朝がくる―川田晴久読本川田晴久と美空ひばり―アメリカ公演美空ひばり―時代を歌う 小笠原 和彦 著池内 紀 著池内 紀 ほか著橋本 治,岡村 和恵 文大下 英治 著(発行元 時潮社みすず書房中央公論新社中央公論新社新潮社 ’06’04’03’03’92発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

生年月日:1907年3月15日
昭和時代の歌手;俳優
1957年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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