川端四丁目(読み)かわばたよんちようめ

日本歴史地名大系 「川端四丁目」の解説

川端四丁目
かわばたよんちようめ

[現在地名]鳥取市川端四―五丁目

川端三丁目より北西に続く両側町。北西は鹿野(しかの)往来を挟んで武家屋敷地四丁目尻(よんちようめじり)に続く。元和五年(一六一九)城下町拡張に伴う町割のとき、町人地四〇町のうち下構二〇町の一町として起立された。寛永一一年(一六三四)の竈数四五(因幡志)。安永七年(一七七八)の家数一〇四、表口間数合せて二二五間余、町役負担一九八人余、賦課比率の等級は中の上に定められる。諸役御免の相場役頭丹波屋市右衛門自分屋敷があり、五間を占めていた(町方御定)。慶安三年(一六五〇)東照宮(現樗谿神社)遷宮のとき、上(うえ)町の宿屋をこの地に移して以後、川端三丁目に続いて宿屋町を形成した(因幡志)。天保一四年(一八四三)の鳥取城下町全図(県立博物館蔵)によると鹿野往来に面して青物御用ならびに仕出賄御用聞児島屋喜助、酒屋年行司丹波屋金左衛門が店を構えていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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