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川辺御楯 かわべ

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美術人名辞典の解説

川辺御楯

土佐派の画家。筑後柳川藩士。号に花陵・墨流亭・都多之舎等。父川辺正胤と久留米藩絵師三善真琴に狩野派の画を学び、のち土佐光久に師事。また国学・有職故実・兵学を修め、幕末には国事に奔走し諸国を歴遊、高杉晋作村田蔵六三条実美とも交わった。明治に入って太政官に出仕、伊勢神宮権禰宜をつとめ有職故実を精査、日本美術協会で審査員をつとめる他、下命により東宮御座所襖絵・皇居杉戸絵などを手がけ、歴史画に秀作を残した。明治38年(1905)歿、68才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川辺御楯 かわべ-みたて

1838-1905 幕末-明治時代の日本画家。
天保(てんぽう)9年10月生まれ。土佐派。父川辺正胤や三善真琴に画を,西原晁樹(ちょうじゅ)に有職(ゆうそく)故実をまなぶ。維新後,伊勢神宮の権禰宜(ごんのねぎ)となる。のち大和絵の歴史画制作に専念した。明治38年7月24日死去。68歳。筑後(ちくご)(福岡県)出身。別号に花陵,墨流亭など。作品に「南北朝合戦図」など。

川辺御楯 かわのべ-みたて

かわべ-みたて

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

川辺御楯

没年:明治38.7.24(1905)
生年:天保9.10(1838)
明治期の日本画家。筑後国(福岡県)柳川藩に生まれ,初め鷺外のち花陵と号した。6歳から父に狩野派を学び,嘉永2(1849)年ごろ,久留米藩の絵師三善真琴に入門,のち師と共に狩野派から土佐派に転向した。また平田篤胤門の西原晁樹に国学と有職故実を学ぶ。幕末は国事に奔走し,明治1(1868)年藩命により上京,太政官に出仕する。3年神祇少禄官,7年伊勢神宮権禰宜となるが,10年公職を辞し以後画業に専念。「新田義顕血戦図」(宮内庁蔵)など,東洋絵画会,日本美術協会で活躍した。幕末から明治初年の活動は,平田派神道,国学者の典型を示している。

(佐藤道信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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