平山浦(読み)ひらやまうら

日本歴史地名大系 「平山浦」の解説

平山浦
ひらやまうら

[現在地名]御荘町平山

南に御荘湾が開け、北西摺木するき村、東は長洲ながす村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「平山浦 茅山有」と村名がみえる。「墅截」によると江戸初期、当浦は農村部に含められていたが、坊城ぼうじよう浦の者が平山の左東風さごち浦に引き移って以来漁村部に含められるようになった。宇和島藩領。

太閤検地石高は六三石八斗三升四合で、耕地面積の比率は田六七パーセント、畑三三パーセント。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む