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平英団 へいえいだん Ping-ying-tuan; P`ing-ying-t`uan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平英団
へいえいだん
Ping-ying-tuan; P`ing-ying-t`uan

中国広東省でアヘン戦争中,決起した民間人の反英武装組織。イギリス軍の広州占領と暴行,清朝官兵の腐敗無能に憤激した民衆が,書院紳士層の指導のもとに結集したもの。道光 21 (1841) 年5月に広州近郊の三元里でイギリス軍の一部を3日間にわたって包囲,攻撃した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平英団
へいえいだん

中国、アヘン戦争末期、広東(カントン)省城北方の三元里における反英闘争の中心勢力となった組織。1841年5月30日、三元里において平英団の旗を掲げ武装した民衆がイギリス軍を襲い、さらに付近の民衆数千人が参加し、前後3日にわたりイギリス軍を包囲攻撃した。これは以後十数年に及ぶ広東の反英闘争の発端となった。このころ、イギリス軍の略奪暴行が頻発したが、官憲は無策であったため、村落ごとに有力地主の指導のもとに、自衛組織ともいうべき社学が組織されていた。本来社学は各村の士大夫(したいふ)の子弟の教育機関であったが、19世紀中ごろからは村落自衛ないし自治的な機能をもつようになっていた。三元里事件ののちも、社学は各地で相次いで組織され、男子を募集し武装訓練を施した。三元里一帯の昇平社学はそのなかでももっとも強力なもので、これら社学が、イギリス人の広東省城への入城反対の闘いなどを指導した。[高橋孝助]

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