平須村
ひらすむら
[現在地名]中富町平須
中山中一二ヵ村の一つ。久成村の南にあり、村内の険しい山径には掛橋・棚橋が多かった。西方に臨む山は大天上・小天上・鈴ヶ森といわれ、それらは中山(富士見山)の最高頂である。坂道を行くこと二里で中山西側斜面の大原野村(現早川町)に至る。上平須・下平須の二集落があった(甲斐国誌)。慶長古高帳では高一九〇石余、幕府領。寛文一一年(一六七一)の検地帳(県立図書館蔵)によれば高一六五石余、反別田八反余・畑三八町九反余・屋敷八反余、屋敷数六〇。
平須村
ひらすむら
[現在地名]水戸市平須町
千波・緑岡台地の南の平坦地に位置する村。西北は小吹村。「新編常陸国誌」の平須村の項に「旧平沢ニ作ル(中略)中世藤原氏江戸ノ族、此処ニ住シテ、平須氏トナル」とみえる。寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高に「平須村」とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 