広徳寺跡(読み)こうとくじあと

日本歴史地名大系 「広徳寺跡」の解説

広徳寺跡
こうとくじあと

[現在地名]那覇市首里当蔵町二丁目

円覚えんかく寺の東隣にあった臨済宗の寺。山号天竜山。天王てんのう寺の末寺。首里古地図によると北西に興禅こうぜん寺、北東に蓮小堀りんぐむいが隣接していた。弘治年間(一四八八―一五〇五)尚清王代の三司官浦添親方景明(月船忠公と号する)が私寺として創建、祖宗の位牌を奉安し廟寺とした。その後開基の僧の名も伝わらないほど衰退したため、官寺と同様に王府から任命された者が住持となった。崇禎年間(一六二八―四四)尚寧王妃が資銀を投じて重修し、霊道を住僧として再興、順治一七年(一六六〇)二世霊室に授けて隠居所とした(「球陽」尚質王一三年条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む