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江戸上り エドノボリ

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デジタル大辞泉の解説

えど‐のぼり【江戸上り】

琉球の王家(尚氏)が江戸幕府に派遣した使節。謝恩使慶賀使があった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江戸上り
えどのぼり

近世琉球(りゅうきゅう)王国から徳川幕府への使節派遣の通称。将軍の襲封時には慶賀使が、琉球国王の即位時には恩謝使がそれぞれ派遣されたが、江戸上りは両使の総称としても用いられている。1634年(寛永11)の派遣を最初に、近世を通じて都合18回の遣使があった。使節団の規模は170人を最大に、通常は約80人で編成された。正副使をはじめおもだった人員は中国風の装束に身を包み、随員は琉球の衣裳を身にまとった。江戸への道中、道々中国式の路次楽(ろじがく)を奏したが、前後は警護のため薩摩(さつま)藩の武士によって固められた。将軍への謁見の際には諸大名が陪席し、国王からの表文と献上品が上呈された。これに対し将軍は使節を饗応(きょうおう)し賜品を与えるのが習わしであった。江戸上りは、将軍権力の威光と琉球の管理の任を認められた薩摩藩の体面を誇示する儀式であり、琉球側にとっては、幕藩体制の一環に位置づけられながらも、なお王国として独自に存立していることを内外に印象づける絶好の機会でもあった。[高良倉吉]
『宮城栄昌著『琉球使者の江戸上り』(1982・第一書房)』

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世界大百科事典内の江戸上りの言及

【琉球】より

…幕藩体制の基本制度である鎖国,兵農分離,石高制も薩摩を介して琉球に適用された。そのほか,将軍の代替りごとに慶賀使が,国王の代替りごとに謝恩使が江戸へ派遣されるならわしとなった(江戸上りと総称される。琉球使節)。…

【琉球使節】より

…同年琉球が中国との朝貢・冊封関係を維持しつつ島津氏の知行に加増され,日本の幕藩体制への組入れが決定したのにともなう服属儀礼である。44年(正保1)には国王が襲封を将軍に感謝する謝恩使が派遣され,以後,慶賀使・謝恩使の江戸上りが恒例となった。1710年(宝永7)幕府は東アジアにおける日本将軍の対外的権威をいや増す国家的儀礼としてその政治的意義を強調した。…

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