広教寺(読み)こうきようじ

日本歴史地名大系 「広教寺」の解説

広教寺
こうきようじ

[現在地名]都留市大幡

大幡(おおはた)川の北岸、県道高畑(たかばたけ)―谷村(やむら)停車場線の北側に位置する。曹洞宗。山号は大幡山。本尊地蔵菩薩。「甲斐国志」によると、開基は大覚(蘭渓道隆)の法嗣寿三で建仁三年(一二〇三)没。将軍源頼家の命によって鎌倉よりこの地に赴き当寺を建立。開山は大川で文永二年(一二六五)没。三世材林は道隆の弟子で鎌倉建長寺から入寺し、在職二五年に及び建長五年(一二五三)に没したとされる。しかし蘭渓道隆の来朝は寛元四年(一二四六)で、寿三・大川の没年はそれ以前であるため来歴に矛盾がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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