広橋兼胤(読み)ひろはし かねたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「広橋兼胤」の解説

広橋兼胤 ひろはし-かねたね

1715-1781 江戸時代中期の公卿(くぎょう)。
正徳(しょうとく)5年11月18日生まれ。広橋兼頼の子。元文3年参議兼左大弁。寛延2年権(ごんの)大納言,のち従一位,准大臣にすすむ。議奏,武家伝奏(てんそう)をつとめ,宝暦事件明和事件などをしるした日記「八槐記」をのこす。晩年勝胤と改名。天明元年8月9日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む