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明和事件 めいわじけん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明和事件
めいわじけん

明和4 (1767) 年江戸幕府が謀反の疑いで山県大弐とその門人藤井右門ら三十余人を処刑した尊王運動弾圧事件。山県大弐は甲斐の人で江戸に出て儒学,兵学を教え,尊王思想を鼓吹。一方,藤井右門は越中の人で京都に出て公卿に仕えたが宝暦事件に連座して江戸に出,大弐の家に寄宿し甲府城,江戸城攻撃の軍略を論じていた。

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デジタル大辞泉の解説

めいわ‐じけん【明和事件】

明和3年(1766)江戸幕府が尊王論者の山県大弐(やまがただいに)藤井右門らを謀反の疑いで捕らえ、翌年処刑した事件。関連して竹内式部八丈島に遠島となった。明和の変。

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百科事典マイペディアの解説

明和事件【めいわじけん】

1766年(明和3年)山県大弐・藤井右門が処罰された事件。江戸で儒学兵学を教える山県大弐は上野(こうずけ)小幡藩の家老吉田玄蕃と親交があった。ところが玄蕃の失脚を企てる者が,大弐と宝暦事件に連座した藤井右門が一緒に尊王論を鼓吹し,江戸進攻の戦法を論じていると小幡藩主の父織田信栄(のぶよし)に告げたため,玄蕃は監禁された。

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世界大百科事典 第2版の解説

めいわじけん【明和事件】

江戸中期に山県大弐藤井右門らが処罰された事件。山県大弐は儒学,兵学の塾を江戸日本橋に開き,上野小幡藩の家老吉田玄蕃と親交があった。ところが玄蕃の失脚を図る者が,大弐や友人藤井右門が甲府や江戸攻略の話をすると聞いて,それを藩主の父に告げ,玄蕃は監禁された。そこで危険が身に及ぶことを案じた大弐の門人らは,大弐が謀反を企てていると幕府に密告し,幕府が大弐らと竹内式部を捕らえて糾問した。その結果,謀反の事実はないとわかったが,1767年(明和4)に,大弐は兵学の講義で甲府その他要害の地をたとえに用いたり,天皇は行幸もできず囚人同然であるなどと語ったことが,不敬,不届きであるとして死罪,右門も獄門となった。

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大辞林 第三版の解説

めいわじけん【明和事件】

江戸幕府による尊王思想弾圧事件の一。明和3年(1766)、幕府は山県大弐・藤井右門を言動に謀反の疑いありとして捕らえ、翌年処刑、宝暦事件の竹内式部を遠島とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明和事件
めいわじけん

1766~67年(明和3~4)山県大弐(やまがただいに)、藤井右門(うもん)らが江戸幕府への謀反の嫌疑で逮捕され、処刑された事件。倒幕思想の最初のものとして注目される。江戸八丁堀長沢町の浪人、儒者、兵学者の山県大弐は、家塾が繁栄し数多くの門弟を擁していた。1766年たまたま上野(こうずけ)国(群馬県)小幡(おばた)藩に内紛があり、大弐門人で同藩家老の吉田玄蕃(げんば)が用人松原郡太夫(ぐんだゆう)によって失脚、監禁されるという事件が起こった。これがあたかも大弐の陰謀計画があって玄蕃もその同類のごとく捏造(ねつぞう)されたため、漏れ聞いた大弐門弟の浪人桃井久馬、医師宮沢準曹(じゅんそう)らは連累者として禍(わざわい)の及ぶのを恐れて、幕府に大弐の倒幕陰謀計画なるものを訴人したので、大弐は同居中の門人藤井右門らと町奉行(ぶぎょう)の手で逮捕された(66年12月)。翌67年8月21日判決が下り、陰謀は無根だが、兵書の講義や日ごろの言動が幕府に対して不敬の至りふとどきとして、翌日、大弐は死罪に処せられ、獄死した右門は死屍(しし)を獄門に、関連して捕らえられた宝暦(ほうれき)事件の竹内式部(たけのうちしきぶ)は八丈島流罪となった。[山田忠雄]

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世界大百科事典内の明和事件の言及

【藤井右門】より

…しかし宝暦事件で処罰された竹内式部と親交があったため,1758年(宝暦8)名を変えて逃亡し,甲斐を経て江戸に出,山県大弐と交わり,その家に寄宿した。ところが,大弐が上野小幡藩の内紛にからんで,門人らから謀反を企てていると幕府に密告され,処罰されたとき(明和事件),連座して幕府の糺問をうけた。告発されたような事実はなかったが,兵学を談論した際,江戸城攻略の話などしたのは不敬であり,不届き至極であるとして獄門を申しつけられた。…

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