コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

広瀬治助 ひろせ じすけ

2件 の用語解説(広瀬治助の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

広瀬治助 ひろせ-じすけ

1822-1890 幕末-明治時代の染色家。
文政5年1月1日生まれ。友禅業をいとなみ,手描き友禅で知られたが,明治12年縮緬(ちりめん)の染色に写し糊をもちい「写し染」「写し友禅」に成功,型友禅の発展の基礎をつくった。明治23年4月6日死去。69歳。京都出身。通称は備治。屋号は備後屋。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

広瀬治助
ひろせじすけ
(1822―1896)

染色家。縮緬(ちりめん)に「写し友禅」の技法の適応を創案した。屋号は備後(びんご)屋で、備治と通称し、友禅業を営んでいたが、明治になり京都に設立された舎密(せいみ)局に出入りし、人造染料の用法を研究の結果、1879年(明治12)その色糊(いろのり)を用いて縮緬に捺染(なっせん)し、蒸し、水洗いして仕上げる「写し染め」「写し友禅」に成功した。また一説ではモスリン友禅からの応用ともいわれる。この方法により容易に多量の染め出しができるため原価を節減することができ、品質もまた優れているため大いに好評を博した。現在、友禅の多くは写し友禅によっており、手描き友禅と区別している。[角山幸洋]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の広瀬治助の言及

【染色】より

…当時扱われた合成染料は紫粉(メチルバイオレット),紅粉(マゼンタ),紺粉(ソルブルブルー)にすぎなかったが,天然染料に比べて扱いがはるかに容易であったから,しだいに利用者が増え,また染料の種類も増加していった。合成染料を利用して色糊をつくり,それを型友禅に応用したのが広瀬治助(通称,備治)で,これによった友禅を加茂川染あるいは加茂川友禅と呼んだ。78年には西村総左衛門(千総,1855‐1935)によって,ビロードの上に友禅染を行ったビロード友禅が世に出た。…

【友禅】より

…これによって型を用いた写し友禅(型友禅)が発明された。すなわち染料を加えた色糊で型を摺(す)る技法で,考案者は友禅染工広瀬治助(屋号の備後屋から備治(びんじ)と通称)である。友禅染の中興として彼の存在は大きな意義がある。…

※「広瀬治助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

広瀬治助の関連キーワードギムザ染色常染色体丹摺り過ヨウ素酸シッフ染色三染色体性小田長四郎(2代)加藤宗舞賀陽済斎藤宇兵衛藤田広見

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone