日本を代表する文様染。江戸中期に宮崎友禅によって完成されたと考えられている。〈友禅染〉の語は1687年(貞享4)発行の衣装雛形(ひながた)本《源氏ひなかた》にみえる。また〈ゆうぜん扇〉の名も同時期刊の西鶴《好色一代男》などにみえ,これは扇絵をよくし,のちに小袖図案も手がけた宮崎友禅の活躍期と重なっている。17世紀後半期にこの染が行われ始めると,当時二十数種にのぼった各種の染がすっかり姿を消し,世の上下の女性にもてはやされたという記録から,友禅染の大流行ぶりがうかがわれる。流行の理由の第1は扇絵の場合と同様に,意匠のおもしろさにあった。他の染にはみられない技術上の長所も数々あり,例えばいったん染めあがると,染料は水に入れても落ちることはなく,しかもどのような絹を用いても,それぞれの独自の柔らかな風合いを損ずることがないという点が注目されたようである。《友禅ひいなかた》(1688)はこの大流行の原因について,〈古風の賤しからぬをふくみて,今様の香車(きやしや)なる物数奇にかなひ〉と述べている。古風で上品というのは,意匠の上では古典文芸をふまえ,秋草や色彩の暈(ぼか)しを尊重する平安時代以来の和様美の典型を示すことを意味し,技術的にはおそらくこれも平安時代以来の糊による防染を基本としていることを指すのであろう。また現代の感覚にかなうとあるのは,古典文芸によったものでも〈大きな文字〉を意匠にとりあげるのではなく,意匠の主題を人物,風景,調度の類まで幅広くとり,あたかも絵を描くように染めて,従来の絞染や刺繡(ししゆう)では得られなかった香車(繊細な華やかさ)で明るく軽快な趣を示すというのである。
このように爆発的な人気を得た友禅染も,《女重宝記》(1692)に,時勢の移り変わりによって,はやりの染も皆すたってしまい,友禅染の〈丸尽し〉も今では古めかしくみえる,と記すところをみると,その後たちまち流行の外にとり残されることとなったようである。小袖の文様染が友禅一辺倒になったわけではないことを示すが,この優れた文様染はその後新しい意匠を得るたびに,やはり重宝されたようすが,後の各種雛形本にうかがわれる。江戸時代後期には,華やかな服飾を禁ずる社会の趨勢とともに,友禅染もきわめて小文様で,抑えられた色調を特色として,近代を迎える。一方,加賀前田藩でも,御国染(おくにぞめ),加賀染と称する染物が,京の友禅と同時期に盛んに作られていた。これにも京友禅の技法がとり入れられて類似性が強まると,やがて京都などでは,これを友禅に包含して〈加賀友禅〉と称するようになったようである。友禅と加賀友禅との意匠的,技術的な差は微妙で,明確に区別することはむつかしい。
完成された友禅染の技術の特色を伝統的な工程によって示すと,以下のようになる。その第一は糊防染にある。(1)1枚の絹に青花(あおばな)(ツユクサの花汁。水分を与えると色が消える)で下絵を描く。(2)口金をつけた円錐形の筒からデンプン糊(糸目糊(いとめのり))をしぼり出し,下絵にそって細線(糊糸目(のりいとめ)という)を置く。(3)乾いてから豆汁(ごじる)を生地に引く(地入れという)。(4)糸目糊で仕切られた文様各部へ染料を挿(さ)す。このとき筆や小刷毛(こばけ)を用いてあたかも絵を描くように色を塗り暈す。糸目糊は隣り合った色の混ざり合うのを防ぐ。(5)色挿しが終わると絹地を蒸して水分と熱で色を留める。(6)文様部分をすべて糊伏せして防染し,地色を染める。(7)さらにもう一度蒸して色留めし,水洗いして余分の染料を取り去る。(8)仕上げとして湯熨斗(ゆのし)をかける。以上が一応の工程だが,文様を染めるには部分的な蒸加工が繰り返されるし,地入れも染料の種類によって成分が異なる。また現在では糸目糊にゴムが用いられ,より自在に細線を引くことが可能となった。ゴム糊の使用は伝統的な工程の一部の順序をまったく逆にすることにもなっている。
友禅染の発展にとって,明治初年の人造染料の輸入は特に注目されなければならない。これによって型を用いた写し友禅(型友禅)が発明された。すなわち染料を加えた色糊で型を摺(す)る技法で,考案者は友禅染工広瀬治助(屋号の備後屋から備治(びんじ)と通称)である。友禅染の中興として彼の存在は大きな意義がある。近代友禅において,いまひとつ注目すべき点は,意匠における新しい展開である。類型的な図案を脱して,化学染料を積極的に導入した,新時代にふさわしい意匠が採用された。これには,明治維新で後援者を失って,経済的に困窮していた画家たちの参加がおおいに力を発揮した。特に四条派の流れを汲む今尾景年,竹内栖鳳らが中心であったために,写生的,絵画的な要素が強調された。その後,近代運動はますます推しすすめられ,欧米の新しい造形運動の影響も認められた。技術上では,西村総左衛門(千総)によるビロード友禅(白ビロードの上に絵を描き,陰影濃淡の立体的表現を生み出した),広岡伊兵衛が工夫し,糸目糊を置かない無線友禅などが生み出された。現代ではゴム糸目の使用はごく一般的となっている。
執筆者:切畑 健
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友禅染めの略。江戸時代に現れた多彩な模様染め。名称が示すように、元禄(げんろく)年間(1688~1704)ごろ京都にいた絵師宮崎友禅斎によって創始されたと伝えられている。しかし、友禅斎は生没年も判然としておらず、したがって友禅染めの創始に関する事跡もはっきりしたことはわからない。文献に現れたところでは、1688年(元禄1)に『友禅ひながた』が刊行されており、また資料のうえでは、東京国立博物館にある紫式部友禅染掛幅に享保(きょうほう)5年(1720)の銘があり、年代のはっきりしたものとして注目されるが、現在のところもっとも古い確かな資料としては、1669年(寛文9)に生まれた伊達(だて)綱村の産着(うぶぎ)がある。このような資料によって、友禅染めというものは、17世紀なかばから後半にかけて、それまでにあった小紋系の型染めにおける糊防染(のりぼうせん)・引き染めの技術と、辻(つじ)が花染めの線描(か)き・隈取(くまどり)・色差しなどの技術が一つになって発達してきたもので、友禅斎はおそらくその完成期ごろに現れた優れた作家か意匠家(デザイナー)ではなかったかと思われる。
友禅染めの技術は、現在においては、長い間に発達した付帯的な技術や、材料の変化に伴う新しい技術の開発などによって、多種多様なものが行われているが、その根本となるのは、まず布地の上へ糊(のり)(糯米(もちごめ)を主剤とするものや小麦粉を用いる一珍(いっちん)糊など)を用いて模様の輪郭を描くことである。これには粘り気の強い糊を細い棒の先につけて、これを伸ばしながら置いていく楊枝(ようじ)糊の技法と、先端に細い穴のあいた口金のついた渋引きの紙筒へ糊を入れ、これを指頭で圧しながら線を描いていく筒糊(つつのり)の技法とがあるが、前者は現在は行われていない。糊置きが終わると模様の部分に色差しが行われる。現在は化学染料を主とするが、天然染料の場合は顔料を用いたり、また染料を塗り染めに適するように顔料化したもの(藍棒(あいぼう)や堅紅(かたべに)など)が多く用いられた。色を定着させるためには、現在は「蒸し」、昔は豆汁(ごじる)が用いられた。色差しが終わると、その上を伏せ糊で厚く覆って地染めが行われるが、これは刷毛(はけ)を用いた引き染めである。地染めの終わったものは、よく乾燥したあと水洗いをして、糊を洗い落とすと、細い糸目の線で縁どられた多彩な模様が現れる。
以上が友禅染めのもっとも基本的な技法であるが、その特徴とするところは手描きであることと、染色が従来の浴染(よくせん)から塗り染めになったこと(部分的に浴染が用いられることはある)で、これによって、ぼかしや隈取を加えた多彩で絵画的な小袖(こそで)模様を、在来の刺しゅうや、辻が花における絞り、描き絵などに比べて非常に容易に、しかも効果的に表すことができるようになった点である。確かに日本の染色工芸史のうえでの画期的な技術の進歩であったといってよいであろう。
友禅染めが、その初期の時代から発祥の地である京都を中心として、いわゆる賀茂(かも)川染めとしてもっとも盛んに行われたことはもちろんだが、このほかに俗に加賀友禅といわれるスタイルのものがある。これは、技術上の違いではなく、主として配色や模様構成のうえでの様式の相違というべきであろう。紅や紫、緑、藍などの華やかな色使いにぼかしを用いたそのスタイルには、安土(あづち)桃山時代(16世紀末)あたりの縫箔(ぬいはく)を思わせるものがあり、友禅染めとしての古様を伝えた感がある。これが中央を離れた加賀国(石川県)の地に伝統的に伝わったということはうなずけるが、このスタイルの友禅染めがすべて加賀だけで行われ、その意味での加賀友禅ということには多分に疑問がある。
多彩を主とする友禅染めが、明治以後の化学染料によって、それまでの染料を顔料化して用いるという点の困難さが除かれたこと、つまり色づくりが容易になった点で、さらに一つの進展をみせた。1877年(明治10)ごろ染料に糊を加えた写し糊の技術が発明されるに及んで、型に直接捺染(なっせん)する型友禅の技法が開発され、今日では手描きの友禅と並んで大衆的な友禅染めとして広く行われている。
そのほか、さまざまな新しい技法、たとえば、米糊のかわりに生ゴムを用いたり、または蝋(ろう)を併用したり、日本独特の染法である友禅染めの伝統は、今後ますます多様性を加えながら、時代とともに生きていくであろう。
[山辺知行]
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