広面村(読み)ひろおもてむら

日本歴史地名大系 「広面村」の解説

広面村
ひろおもてむら

[現在地名]秋田市広面

太平たいへい川中流域の右岸を占め、北は柳田やなぎだ村、南は楢山ならやま村に続く。慶長六年(一六〇一)の秋田実季侍分限(秋田家文書)に「ひの口村」「広面村」の名がみえる。「梅津政景日記」慶長一九年一二月一一日条によれば、検地に反対し入牢した農民に対して広面村の惣百姓肝煎が愁訴している。

享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」は本村の家数を三一軒と記し、支郷四村を記す。

広面村
ひろもむら

[現在地名]加茂川町広面

つづみ山の北面に位置し、広面川の谷沿いに展開する谷間の村。金川かながわ往来が九折峠から当村を通り、上賀茂かみがも村に向かう。寛永備前国絵図に村名がみえ、高三八二石余。寛永七年(一六三〇)の検地では朱印高のほか改出高一五九石余(貞享元年「津高郡高目録」池田家文庫)正保郷帳には枝村葛籠村が載る。「備陽記」では枝村分を含めて田畠四四町一反余、家数九四・人数六〇七。文化年間の「岡山藩領手鑑」によると直高六五二石余、蔵入と家臣七名の給地。二口高五五九石余、残高四一七石余、田方二三町余・三〇一石余、畑方一九町五反余・一一五石余、家数一三〇・人数四五七、うち社方一軒・四人、牛二八・馬一、猟師鉄砲三、大工六人、池一八、堰九、橋二、百姓自林三七町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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