廉塾・菅茶山旧宅(読み)れんじゆく・かんちやざんきゆうたく

日本歴史地名大系 「廉塾・菅茶山旧宅」の解説

廉塾・菅茶山旧宅
れんじゆく・かんちやざんきゆうたく

[現在地名]神辺川北

川北の七日市かわきたのなぬかいち北側にある。敷地内には水路が通り、塾の講堂・寮舎、茶山の居宅が建並び、ともに旧観を維持している。国指定の特別史跡。講堂は桟瓦葺・入母屋造で式台があり、寮舎は瓦葺平屋建、居宅は瓦葺二階建。

菅茶山は寛延元年(一七四八)生れ、文政一〇年(一八二七)没。詩人・儒者。名は晋帥。父樗平は一時神辺宿の本陣本荘屋菅波家を継いだが、のち別家して農業・酒造業を営んだ。茶山は明和三年(一七六六)上洛那波魯堂に朱子学を学び、京坂の多くの学者・文人交遊、詩は当時第一人者とされた。のち福山藩に仕え、著書は「黄葉夕陽村舎詩」「遊芸日記」「室町志」「大和行日記」など多数。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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