延勝寺跡(読み)えんしようじあと

日本歴史地名大系 「延勝寺跡」の解説

延勝寺跡
えんしようじあと

六勝(りくしよう)寺の一。岡崎成勝寺(おかざきせいしようじ)町・同円勝寺(えんしようじ)町のうち二条通と仁王門(におうもん)通に囲まれた地域の、琵琶湖疏水より西地区、および北門前(きたもんぜん)町の二条通・仁王門通の間の地域に位置した。跡地については「明月記」建仁二年(一二〇二)正月一二日条に「三条東 延勝寺朱雀北 南大路(延勝寺)如例 法勝寺西大路押小路東北 入自西大門(法勝寺)」とみえ、延勝寺の南境が押小路(おしこうじ)通にあったことが知れる。また宝治元年(一二四七)七月一六日に天台新座主が三条白川(しらかわ)より登山するに際して「自三条 至今朱雀 自今朱雀 至仏所小路 自仏所小路 至二条」と(「門葉記」山務一)、延勝寺南門大路(今朱雀とよばれていたらしい)から押小路へ出て西に回り、仏所小路を北に二条通に至っており、当寺の西境が仏所小路に面していたことを知る。北境については法勝寺へ至る道程を記す諸記録が二条大路を直行しており、これ以北であることは考えられず二条大路に面していたらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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