弁財天村(読み)べざいてんむら

日本歴史地名大系 「弁財天村」の解説

弁財天村
べざいてんむら

[現在地名]鳴門市撫養町弁財天むやちようべざいてん

岡崎おかざき村の南西にあり、北西は撫養川の河口部。慶長年間(一五九六―一六一五)に南西林崎はやさき浦の漁場塩浜として築立てられ分村した(鳴門辺集)正保国絵図には「林崎之内弁才天村」とある。その後も林崎浦の枝村としての扱いを受けていたようで、寛文四年(一六六四)の在々古田出目并新田高帳には同浦枝村として弁才天村がみえる。延宝六年(一六七八)検地帳(鳴門市史)では高一七石余で畠一町五反余、元禄一三年(一七〇〇)の藪開検地帳(同書)では高七升余・畠一畝余が開かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む