弘安(読み)コウアン

関連語 けんじ 道一

精選版 日本国語大辞典 「弘安」の意味・読み・例文・類語

こうあん【弘安】

  1. 鎌倉時代、後宇多天皇、伏見天皇の代の年号。建治四年(一二七八)二月二九日疾疫流行により改元。弘安一〇年(一二八七)一〇月以後は伏見天皇の代。弘安一一年四月二八日、正応と改元。将軍惟康親王、執権北条時宗・貞時の時代。出典は「太宗実録」の「弘二安レ民之道一」。

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日本の元号がわかる事典 「弘安」の解説

こうあん【弘安】

日本の元号(年号)。鎌倉時代の1278年から1288年まで、後宇多(ごうだ)天皇、伏見(ふしみ)天皇の代の元号。前元号は建治(けんじ)。次元号は正応(しょうおう)。1278年(建治4年)2月29日改元。疫病流行の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『太宗(たいそう)実録』を出典とする命名。弘安年間の鎌倉幕府の将軍は惟康(これやす)親王(7代)。執権は北条時宗(ときむね)(8代)、北条貞時(さだとき)(9代)。1281年(弘安4)にはモンゴル帝国と高麗の軍勢が再来襲したが(弘安の役)、大型台風で軍船の大半が沈没した。

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