改訂新版 世界大百科事典 「当作歩方制」の意味・わかりやすい解説
当作歩方制 (とうさくぶかたせい)
幕末から明治期にかけて,備前児島半島の野崎浜(元野崎浜は倉敷市児島味野,東野崎浜は玉野市山田)でみられた特殊な地主小作制。野崎浜では1塩戸(1軒前)に3種類の当作人が存在し,それぞれ権利を意味する歩方が付与せられていた。一つは担当人と呼ばれる直接生産者の歩方,一つは地主である野崎家の親類や野崎家に対し功労のあった者に恩恵的に与えられる歩方,一つは元方(もとかた),すなわち野崎家自身の歩方である。それぞれの歩方が5歩,4歩,1歩であった場合,仮にその浜で100円の利益があがると,歩方に応じて50円,40円,10円と配分し,逆に損失を生じた場合は歩方に応じて負担する。この際,歩分けの対象となる損益は,小作料を差し引いた上での損益を意味し,観念としては元方当作人(地主)も小作料を負担していることになる。こうした地主・小作の共同経営・共同負担の形式は,地主・小作の階級的対立を緩和させることにもなった。歩方の配分にあずかる担当当作人(小作人)は,収益増加のためには勤勉に働くほかはないが,それによって恩恵当作人や元方当作人も収益が増加する。反対に多額の損失を生じた場合も,野崎家は小作料を確保した上で,元方当作人として一部の損金を負担するだけで,担当当作人と恩恵当作人にも損金をなんらの抵抗なしに負担させることができる。野崎家はこうした塩田経営を軸に巨大地主に成長していった。
執筆者:渡辺 則文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報