後嵯峨院大納言典侍(読み)ごさがいんの だいなごんのてんじ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「後嵯峨院大納言典侍」の解説

後嵯峨院大納言典侍 ごさがいんの-だいなごんのてんじ

1233-1263? 鎌倉時代歌人
天福元年9月19日生まれ。藤原為家の娘。二条為氏,京極為教の妹。祖父藤原定家から定家書写の古典籍をうけつぐ。後嵯峨天皇につかえ,寛元3年(1245)典侍となる。二条道良(みちなが)と結婚。正元(しょうげん)元年夫と死別後,ふたたび後嵯峨上皇につかえた。家集に「秋夢集」があり,「続後撰和歌集」以下の勅撰集に10首のる。弘長(こうちょう)3年?死去。31歳?名は為子。

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367日誕生日大事典 「後嵯峨院大納言典侍」の解説

後嵯峨院大納言典侍 (ごさがいんのだいなごんのてんじ)

生年月日:1233年9月19日
鎌倉時代前期;後期の歌人
1263年?年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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