改訂新版 世界大百科事典 「徐悲鴻」の意味・わかりやすい解説
徐悲鴻 (じょひこう)
Xú Bēi hóng
生没年:1894-1953
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1895~1953
中国の画家。江蘇省宜興(ぎこう)県の人。フランスで修業,1927年帰国後教壇に立ち,30年頃から革命的テーマを取り上げた。中華人民共和国成立後,中央美術院院長となり,社会主義リアリズムの教育を推進。中国画にも巧みであった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…しかし伝統中国画にとってかわることはなかった。ようやく清末・民国期に徐悲鴻や黄賓虹等の西洋留学画家たちによって近代西洋画が移入されて以来,西洋画に対して中国本来の絵画を〈国画〉と称して伝統絵画を自覚するようになった。また平面本位の中国画に立体的な西洋画法を摂取して,中西折衷の新しい絵画を〈新国画〉もしくは〈中西画〉と称した。…
※「徐悲鴻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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