日本歴史地名大系 「御根小屋跡」の解説
御根小屋跡
おねごやあと
城主三村氏時代には後世の場所に御根小屋が置かれていたが、天正三年(一五七五)の備中兵乱で焼失したようである(中国兵乱記)。その後、松山城には毛利氏の城代が在城したが、御根小屋の復興はなされなかったものか、慶長五年(一六〇〇)一二月に備中国奉行として松山に入部した小堀新助(正次)は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
城主三村氏時代には後世の場所に御根小屋が置かれていたが、天正三年(一五七五)の備中兵乱で焼失したようである(中国兵乱記)。その後、松山城には毛利氏の城代が在城したが、御根小屋の復興はなされなかったものか、慶長五年(一六〇〇)一二月に備中国奉行として松山に入部した小堀新助(正次)は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...