御霊神社跡(読み)ごりようじんじやあと

日本歴史地名大系 「御霊神社跡」の解説

御霊神社跡
ごりようじんじやあと

[現在地名]山城町椿井 御霊後

椿井つばい集落南端の御霊山にあった神社。明治一三年(一八八〇)松尾まつお神社(現山城町)境内に移された(京都府地誌)。中世の狛野こまの荘、江戸時代の上狛かみこま(椿井村・林村・上狛村)の「下ノ宮御霊社」として「上ノ宮松尾社」とともに当該地域の鎮守社であった。「京都府地誌」椿井村の項に「村ノ南方ニアリ、天穂日尊素盞男尊ノ二神ヲ祭ル、祭日七月十六日、明治十三年松尾神社ヘ合ス」とある。創建期不明。室町時代から近世初頭にかけて、かみみやとともに狛野荘の地侍・名主の宮座(中老座・ばく老座)によって運営され、祭礼には和束わつか郷の天満宮(現京都府和束町)神輿の交換をした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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